北極しろくま堂メールマガジン

【特集】しじらのはなし。


vol.1 しじら織りって?

綾の糸使いによる名称。経(たていと)と緯(よこいと)の張りの不均衡によって、表面に凹凸が現れるようにしたもの。経に細く縮んだ生糸を用いて薄地とする。
[出典:日本国語大辞典第二版 (株)小学館]


「オーダーできるなら、スリングのためだけのしじらをつくりたい」
そんな店主の考えから生まれた、世界にたった一つしかない北極しろくま堂のしじら織りには、だっことおんぶの専門店ならではのこだわりがあります。

本特集「しじらのはなし。」では、日本の三大織物産地のひとつとしてかぞえられている遠州(静岡県西部)で戦後すぐに創業した老舗織物屋の職人さんの手によって生まれる北極しろくま堂独自のしじら織りをご紹介します。

既にキュットミー!しじら織りをご愛用いただいているみなさま、そして現在同商品のご購入を検討されているみなさまのご参考になれば幸いです。



しじら織りとは

織物には、経(たていと)と緯(よこいと)があります。
経と緯が、たて、よこともに交互に1本ずつ交差しているものを「平織り」といいます。

しじら織りは経(たていと)が3本のところが2回、その次に1本ずつのところが6回あり、緯(よこいと)は3本のところは3本いっぺんに上下して、あとは一本ずつ上下にはいるようになっています。


平織りだけの生地(右上イラスト)だと、しじら織りのように糸の伸縮性に差がないため生地がよれることなく平たくなりますから、それだけ人の肌にふれる面積も大きくなります。汗をかいたときなどに、肌にべたっとくっつく感覚が出やすくなりますね。
しじら織りは「しぼ」があるために平たい部分がすくなく、人の肌に触れる面積が平織りよりも少ないことから風通しがよくなり、とても涼しく感じるのです。それで、甚平や浴衣、夏の上かけなどによく使われています。


経(たていと)が3本ずつになっているところを「引揃え(ひきそろえ)」とよびます。
一本ずつのところは先に紹介した平織りです。
引揃えのところは、糸が3本一緒になっているため太く強くなっていて、平織りのところと比べると糸の伸縮性に差がでます。この伸縮性の違いによって、織物の引揃え部分には「よれ」ができます。これが「しぼ」とよばれるしじら織り最大の特徴です。



北極しろくま堂のこだわり

一般的にしじら織りは30番手という太さの糸一本だけで織られています。

わたしたちが「キュットミー! 」にしじら織りを使おうと決めた当初、職人さんにこんな相談をもちかけました。
「布は厚くしたくないけれど、強度はよりたかめたい」

さらに布の強度を高めるために、職人はこの60番手の糸を2本「よる」工程で、ふつうよりも強くねじり合わせる工程を加えました。

強くねじられた糸には凹凸がうまれ、肌に触れたときの質感が通常のしじら織りよりもよくなるという効果も出ました。

この「こだわり」の工程を加えたために一つ思ってもいなかったメリットがうまれました。
布に「つや」がでたのです。


同じ面積の中に織り込む糸の本数が多ければ多いほど、布は強くなります。
「60番手という、30番手の半分の太さの糸があるけど…。
でもねえ…値がはりますよ。」

大切な赤ちゃんを抱っこするための布に、安全性以上に重要なことはありません。

このようにして決まった北極しろくま堂だけの「しじら織り」は、その糸に30番手の糸1本ではなく、60番手という30番手の半分の太さの糸2本が使われています。

30番手の糸一本をミクロの世界でみると、糸のまわりに繊維が出ていて毛羽立った状態になっています。60番手の糸を2本よることで、こうした目には見えない繊維も一緒にからませることになり、糸が「綺麗」になって織物全体につやがでたのですね。

こうした手間ひまが、北極しろくま堂オリジナルスリング「キュットミー!」で抱かれる赤ちゃんの安全をまもり、快適なスリング環境を提供しています。



無駄はだしたくない

北極しろくま堂が職人さんに相談したことがもう一つあります。
それは、「無駄をだしたくない」ということ。

職人さんが織っている一般的なしじら織りの仕上がり幅は110センチ。ところが、北極しろくま堂のスリングに必要な仕上がり幅は105センチ。110センチで織った生地でも使えるけれど、きりおとした布は無駄にしてしまうのか…
ならば、はじめから北極しろくま堂のスリングのためだけの幅で織りあがってほしい。
無駄がなく環境にもやさしい、「キュットミー!」だけの105センチ幅のしじらがこうして日々織られているのです。


vol.2 織る

北極しろくま堂のしじら織りの工程

織り機の横に目をやると、そこにあったのは鮮やかに染めあがった「さくら」の糸。
大人の頭よりも大きな寸法の巻き糸になっていました。

撚糸(ねんし)屋でくるくるとよられた原糸は「精錬(せいれん)」「晒し(さらし)」という工程を通り、綿花から糸になる過程でついたよごれやあぶらがしっかり落とされてから、はじめて染めることができるそうです。


さくらの経(たていと)

北極しろくま堂のしじら織りには3,552本の経(たていと)が使われています。

一番左端は薄い紫が1本、その隣にクリーム色が1本、その隣に薄いピンクが何本…と、指示書どおりに配列された経(たていと)は整経屋でドラムにまきつけられ、この工場へやってきます。

ドラムにまきついた3,552本の糸は、人の手によって一本ずつ織り機の針の穴に通されます。この気の遠くなりそうな作業を「経通し(せとおし)」といい、全てを通し終わるのに2日もかかるそう。

経緯そろったところで、やっと機織(はたおり)がはじまります。


さくら色の緯(よこいと)が針にかかり数千本の経(たていと)のあいだを通る瞬間

がしゃーん がしゃーん がしゃーん がしゃーん ……

工場全体を包む大きな音が一定のリズムを刻むなか、何万メートルとある一本の糸は一枚の織物へと生まれ変わってゆきます。

この日は「さくら」、「ブラックウォッチ」、「もえぎ」の3種が織られていた

織り上がった「うすいろ」の経(たていと)

おわりに職人が見せてくれたのは、積み上げられたしじら織りの「きばた」。
あか、さくら、ふじ…鮮やかなしじら織りの緯(よこいと)がまるでモダンアートのよう。

最終工程を待つきばた

独特の「しぼ」をだすためにお湯で洗って乾燥させるという工程が施されたら、世界に一つしかない北極しろくま堂のしじら織りもいよいよ完成です。
仕上がったしじら織りは、その後「キュットミー!」の縫製工場へと運びこまれます。
こちらのレポートもどうぞお楽しみに。

しじら織りのルーツ

日本に古くから存在するこの織物がどのようにして生まれたのか、その通説をご紹介します。

江戸時代末期から明治のころに徳島に住んでいた海部ハナという一人の女性が偶然にうんだという話です。
「たたえ縞」という不規則な縞の平織りに改良をくわえた織物をつくったハナは、ある日うっかりそれを雨に濡らしてしまいました。しかし、晴れて乾いたその織物にはそれまでみたこともないような凹凸ができました。これにさらに工夫を重ねて生まれたのが、「しじら織り」だということです。
発祥地である徳島県阿波で生産されている阿波しじらは、1978年に当時の通産省の伝統的工芸品織物に指定されています。



vol.3 織物の小話「やさしさ」

本特集 しじらのはなし。 では、これまでに北極しろくま堂のしじら織りにこめた店主のこだわりや織物の特徴、そして実際に織り上がる様子をご紹介してまいりました。
今回の取材を通してしじら織り職人から伺った数あるお話の中、SHIROKUMA mail編集部が最後まで気になっていた一節があります。


織物職人:

「いま使っている機械は革新織機っていうやつで、前はシャットル織機っていうのを使っていたんだ。 

…革新織機よりも早い回転で織って大量生産する高速の織機は、糸をぴんとはらせた状態にしているから糸自体も強いけれど同時に痛むんだよね。そうなると出来上がる布が固い感じがするんだ。
糸にまるみがないっていうか…やさしさがない。極端にいうとはりがねを織っている感じだね。

…ある繊維業界の大手は、いままで高速の織り機を使っていたけれど布が売れなくなって全部古いシャットル織機に入れ替えたんだよ。全部で何百台だとおもうけど。革新織機の半分くらいの早さで織るからとても遅いんじゃないかな。
でも、こうした古くからある日本の織り機だと、糸にやさしさがのこるね。」

糸にやさしさがのこるね −

わたしたちは、どこかやさしさのある糸で織られた布につつまれたいと思っている。
でもその「やさしさ」って、何だろう?

本特集最終回では、日本の織物の歴史をさかのぼりながら、それぞれの時代で赤ちゃんたちがどんな布や織物でどのように”Wear”されてきたのかを見てみたいと思います。

織物と赤ちゃんはきってもきれない関係。この世に生まれてすぐにわたしたちの肌が覚える感触は、お母さんのあたたかい手肌と同時に自分をつつむ布−織物です。
過去のBabywearingの様子から、人間の肌が求める「やさしさ」の原点がわかるかもしれません。


今日もわたしたちの赤ちゃんをやさしく包む北極しろくま堂オリジナルスリングキュットミー!のしじら織り。
日本の三大織物産地の一つ、遠州の職人の手によって絶え間なく織られています。 

しじら織りは浴衣や甚平によく使われていることから「涼しい」という印象が強く、冬には逆に暖かく感じることがあまり知られていません。
しじら織りは、その最大の特徴である「しぼ」によって布の表面には凹凸が生まれます。冬は、この織物の上に何か一枚羽織ることでこの凹凸の間に暖かい空気がたまりこれによって暖かく感じるのです。
是非お試しください。


さて、このしじら織りが生まれたのは19世紀後半。

織物というものが完全に商品化したといわれる時代です。それは、日本の織物が海外へも多く輸出されたころでした。歴史背景としては、江戸時代の終わりから明治初期。

この頃の資料は白黒写真で残っていて、そこに見つかる赤ちゃんたちのほとんどがおぶわれています。
でも背負っているお母さんたちは妙に若い…?
そう、赤ちゃんを背負っているのは子どもたちなのです。
1872年にはじまった学校制度のため、すべての子どもたちが学校へ行かなくてはならなくなりました。しかし、経済的な理由などから学校にゆけない子どもたちが沢山いました。そうした子どもは全体の半分を超えていたそうです。


【出典】 写真・絵画集成 日本の子どもたち 近現代を生きる
[1]明治から大正・昭和へ P22 日本図書センター/発行 歴史教育協議会/編
【写真】横浜開港資料館所蔵

学校に行けない子どもたちは、家計の負担にならないように「子守り奉公」に出ました。
「口減らし」と言って、貧しい家では食べ物を食べる人の数を減らしたそうです。

赤ちゃんたちは一本ひものようなもので子守りの体に結びつけられていたり、大人用のおおきな着物やねんねこはんてんの背中に入った状態で、おぶう子の体に密着しています。
保護者の体にぴったりくっついて、安心しきっているのでしょうか。赤ちゃんたちはぐっすり眠っている写真が多いです。

子守り奉公に出ている子どもたちが身につけている着物の素材は綿であると考えられます。

ところで、この「綿」ですが、もともと日本にあった植物ではありません。 
14世紀頃に中国から朝鮮に木綿の種子が伝来し、その後海をわたって日本にやってきました。 
15世紀から16世紀にかけて日本でも栽培がはじまり、17世紀になってやっと庶民の間に普及しだしました。その背景には、農業や農作物を奨励する政策によって商品作物としての綿が栽培されたことなどがあります。

このときまで、庶民は日本に古くから自生していた麻科の植物や草木を原料とした繊維で糸をより、織物を生産していました。 
麻科の植物で織った織物…肌触りはどうだったのでしょうか。絵巻物に見つかる親子が身にまとっている着物は、筆で描かれているせいもあるかもしれませんがとてもやわらかそうです。

北極しろくま堂では商品に採用する布を天然繊維100%にこだわっています。
麻も日本の土地に古くからある天然繊維です。しかし麻を使った布は負荷がかかったときに繊維が突然”スパッ”と切れることがあることから、ほつれやキズができた場合に大変危険なため採用していません。


さて、もう少し時代をさかのぼり中世の日本を見てみました。
するとそこには大変興味深いものがみつかったのです。

古代国家では税収として納める義務があり庶民生活を厳しく圧迫していた織物も、生産手段を持つ織り手が賃金をもらって織る、つまり織物職人の出現によって新しい社会的意味を持ち出した頃です。

大変興味深かったのは、中世の絵巻物に登場する赤ちゃん。
そのほとんどが裸で描かれているのです。

裸のままで、お母さんや子守をする女性などの着物の中におんぶされているのです。そんなおかあさんは、家事をしていたり、買い物をしていたり。お母さんにとって赤ちゃんは自分の体の一部です。
わたしたち日本人は、本当に根っからの"Babywearer"なのですね。

…もしかしてこれが、人間が自身の肌に触れる布とその糸に求める「やさしさ」の原点なのでしょうか。
お母さんの体にぴったりくっついて、あたたかく、やわらかく、守られている感覚。


あたたかく やわらかく まもられて

時代とともにかわりゆくものは数知れません。でも、わたしたち人間が自然と求めるものはどれだけの時間が経とうとかわらないようです。
織物職人が生む昔ながらのしじら織りでできた北極しろくま堂のスリング「キュットミー!」で、赤ちゃんをたくさん抱っこしてあげてください。
布のやさしさとお母さんの肌のぬくもりに包まれて育つ赤ちゃんは、その肌感覚を一生忘れないで後世にひきついでゆくものとなるでしょう。


参考文献
  1. 写真・絵画集成 日本の子どもたち 近現代を生きる[1] (日本図書センター)
  2. 織物の日本史 遠藤元男 (日本放送出版協会)
  3. [絵巻]子どもの登場 中世社会の子ども像 黒田日出男 (河出書房新社)
  4. 図説 日本文化の歴史6 南北朝・室町 (小学館)
  5. 草木布Ⅰ 竹内淳子 (法政大学出版局)