北極しろくま堂メールマガジン
【特集】Babywearing Conference 2012 in ワシントンDC Report
・Babywearing Conference 2012 in Washigton DC Report vol.1
・Babywearing Conference 2012 in Washigton DC Report vol.2
・Babywearing Conference 2012 in Washigton DC Report vol.3
・Babywearing Conference 2012 in Washigton DC Report vol.4
北極しろくま堂店主園田が参加してきたベビーウェアリングカンファレンスのレポートを数回に分けてお届けします。
2012年9月
第一回目は、今年のカンファレンスの概要です。

今年6月29日から7月4日にかけてアメリカのワシントンDCで開催された、第4回Babywearing Conference 2012 についてご報告します。
このカンファレンスは2006年から隔年毎に開催され、今回で4回目になります。主催はそれぞれの都市のbabywearerたち。BabyWearing International (BWI)のメンバーが中心となって準備運営をしています。この団体はアメリカとカナダをネットワークしたベビーウェアリング・エデュケーターのグループで各地にチャプターと呼ばれる小グループをつくって活動しています。
私、園田は第1回目、2回目、そして今回と計3回参加してきました。
いつも大学の建物などを会場に開催しているのですが、今回はカソリック大学が会場でした。カソリック教徒の聖地とのことで、ここもまたとても美しい大学でした。ちなみに第1回目はポートランドのリード大学が会場でした。ここは故スティーブ・ジョブズ氏が通ったところでした。2回目はシカゴ。ここの大学は街の中にありました。アメリカの大学のスケールや雰囲気にはいつも感動します。

カンファレンスでは4日間で50程度のクラス(プログラム)が組まれます。同時間に5つぐらいのクラスがあるので、もちろん全部に参加することはできません。あらかじめプログラムを見て自分の興味があるクラスを渡り歩くようにスケジュールをたてて挑むわけです。
毎回3日目あたりにカンファレンスのkeynote(=その年のカンファレンスの顔となる人物の講演)があります。今回はレイチェルさんという2人のお子さんのお母さんタレントが登場しました。お子さんは二人とも女の子でお一人目は聾唖(ろうあ)、二人目は小児麻痺で生まれたそうです。そこで彼女は手話を歌とダンスにして覚えやすく工夫しDVD化しました。おかげで子どもとのコミュニケーションが深くなり、お子さんの友達も手話を覚えやすくなったため、たくさんのお友達に恵まれて育っているということでした。彼女はふたりの子どもをベビーウェアリングで育てていたということもあり、アメリカのベビーウェアラーには憧れの人なのだそうです。

カンファレンスの特徴はスリングやラップの使い方を教える初歩的なクラスから、わりと専門的な内容のクラスまで内容が幅広いということでしょうか。私は使い方のクラスには参加しませんが、アメリカのベビーウェアラーのあいだではラップ(babywrap)が大人気です。ほとんどの人がラップしてます。4年前にはメイタイの人気がありましたが、情勢が変わったように感じました。
今回印象的だった話があります。
通訳にDC在住の日本人女性の通訳者を依頼し、打ち合わせ含めて5日間一緒に参加しました。彼女が何度も
「このカンファレンスに参加している赤ちゃんや子どもが落ち着いている」
と感心していました。
私の周りはいつもベビーウェアリングされている赤ちゃんやお子さんばかりなのでこれが普通だと思っているのですが、彼女は一般的なアメリカの赤ちゃんとはぜったいに違うと言い切っていました。曰く、キーキーわめかない、ねぇ!私を見て見て!こっちこっち!というアテンションプリーズがないそうです。
考えてみればベビーウェアリングされている赤ちゃんはいつも穏やかです。泣き出したらおっぱいをあげたりおしめを確認したり、眠そうだったらだっこすればいいのです。話しかけたり、くすぐったりして遊べばいいのです。赤ちゃんってそんなもの、と思っているのですがどうもそれは少数派のようでした。

また私にとってたくさんのベビーウェアリングに興味がある方々にお会いできたのはとても嬉しいことでした。
アメリカ在住のナンシー、彼女はベビーウェアリングと布の関係に興味があり研究しているということでした。ノルウェーのエデュケーターの子は週に40時間も専門的な授業を受けながらベビーウェアリングを独自で学んでいました。ドイツから来ていた子は今年の秋から大学院でベビーウェアリングの心理学を研究すると言っていました。

そうなんです。残念ながらまだ世界にはベビーウェアリングの専門家はいません。ベビーウェアリングの研究はこれから。でも世界各地でその萌芽があるということが頼もしく、期待したいところです。
次回は印象に残ったクラスの内容をいくつかご紹介します。

今回のカンファレンスではじめて参加したのは「Attachment Parenting in the School Years」というクラスでした。スピーカー(発表する人)はDiaというワシントンDCで出版社を経営している女性です。彼女のお子さんはもう高校生くらいだということですが、ご自身の子育ての体験と出版した本をもとに約50分の講義をしました。

彼女の話の中で私がおもしろいと思ったのは、ほ乳類の子育てです。彼女の出版社でほ乳類の子育てについての絵本(一見したところは児童書のようでした)を出版したことがあり、その内容をかいつまんで話してくれました。 ほ乳類にも色々います。コウモリもほ乳類ですが、人間とはかなり姿が違いますね。コアラもほ乳類ですが有袋類なので袋の中におっぱい(乳頭)が二つついています。赤ちゃんはそのパウチ(袋=ポケット)の中でおっぱいを自由に飲むことができます。私はこれまでほ乳類というのは皆だっこして育てるものだと思っていました。だっこできないコウモリのような型でもピタッとくっついているのはだっこの代わりで、抱くというのはコミュニケーションの基礎だと思っていました。ところがコアラは違うのです。コアラは赤ちゃんとコミュニケーションをほとんどとりません。

なぜなら大人になると単独で行動するので、周りの同種と協力し合ってコミュニティを形成することがないからです。赤ちゃんは袋の中でおっぱいを飲む以外の時にはおんぶされていますが、目を合わせることがありません。これも将来コミュニケーションが不要なので、胸の前で抱き合い意志を通じ合わせる必要がないからです。しかもコアラのパウチは下に出入り口があり、お母さんと赤ちゃんが目を合わせなくても出入りできるようになっているそうです。徹底しています。全ての非社会的ほ乳類は授乳期間と子育てが同時期だそうです。つまり授乳が終われば子育ても終わります。人間は別です。人間は社会的動物だから。私はこれまでほ乳類の子育てには母乳とだっこ(=コミュニケーション)は必須だと何の検証もなく信じ込んでいましたが、ちゃんと調べないといけないと反省しました。
社会的動物である人間にとって最も辛い罰は閉じ込められることだそうです。自由やコミュニケーションの制限です。また例を見て学ぶことができるのも人間と一部の霊長類だけのようです。人間の例は親。ヒトは親を見て学習するのですが、そこには刺激が必要になります。耳から入る言葉や触感、視覚への刺激などです。人間だけが五感をすべて使って子育てをしています。
そうであればコアラと人間は同じほ乳類ですが、子育ての仕方も意味もまったく違うのですね。

カンファレンスではベビーウェアリングのことだけではなく、子育て全般についてディスカッションすることもあります。(くどいようですが、ベビーウェアリングが子育てにどれほど影響を与えているかは研究されていないのですが)
話題としてあがったのは映画「ベイビーズ」でした。この映画は私も訪米前に見ていたのですぐにわかりました。アフリカとモンゴル、日本、アメリカで生まれた4人の赤ちゃんの生後から1年を淡々と追っている内容です。
また日本に帰ったらこれを読みたいと思いました。(といいつつまだ読んでいませんが)

【マザー・ネイチャー上下/サラ・ブラファー・ハーディー/早川書房】

【ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか/NHKスペシャル取材班/早川書房】
子育ての形態から人を考えてみるのも、原理が鏡に映るように見えてくるのかなと思いました。
四日間で50程度のクラス(プログラム)が組まれていた今年のカンファレンスで、私は2つのクラスを担当しました。今回はそのうちの1つの内容をダイジェスト版でお送りします。
日本人の育児観と子育ての歴史

日本では背中に赤ちゃんをのせることを「おんぶ」や「おぶう」と言います。日本の「おんぶ」は背中の上部で赤ちゃんを支えます。一方アフリカの人なども背中に赤ちゃんをのせますが、よく見るとお尻の上に赤ちゃんをのせています。日本人の「おんぶ」は後ろに回した手が赤ちゃんのお尻を触れるくらい高い位置で行うものなので、まさしく背中にのるというイメージです。前方から見るとお母さんの顔の横にもう1つ顔が見えるほど高い位置です。
これは日本人の体型や生活環境にあう合理的なやり方です。しかし、近年では子育て環境や流通の変化、伝承の断絶などによって伝統的な「おんぶ」ができない親が急増しています。


日本に残っている絵巻などから日本人がどのようなスタイルで子育てをしてきたのかが分かります。鎌倉時代(1185年~1333年頃)の絵巻物には、母親が素肌に赤ちゃんをおんぶして、その上から着物を着ている様子が描かれています。こうして絵巻物をたくさん見ていくと、日本人のほとんどは赤ちゃんを背中に背負っています。女性も働くのが当たり前だった当時、胸の前に赤ちゃんがいると邪魔になるので背中に背負っていました。
絵巻物が残っているのは平安時代(794年~1190年頃)以降ですが、この頃から江戸時代(1603年~1866年頃)までの日本の赤ちゃんは服を着ていなくても親や本人がとがめられる事はありませんでした。裸が許されるのは7歳まで。日本では7歳までは神の子どもを親が預かっているという考えがあったからです。神様の子どもだから人間と同じように服を着ていなくても許してもらえるのです。

ところで、このような裸の状態で背中にのっていて、排泄はどうしていたのでしょう。もしベビーウェアリングされた裸の状態でうんちをしてしまうと、本人のみならず、お母さんも大きな打撃を受けます。日本人の伝統衣装である着物は上下が1枚になっているので、洗うのも大変です。
実は赤ちゃんには尿意や便意を自分自身で感じる能力があります。このように衣服の中にベビーウェアリングしてもあまり失敗はなかったそうです。ベビーサインなどという特別なコミュニケーション手段がなくても、尿意は伝えられるし、育てる人にはそれを察知する能力があるのです。今私たちはそれを忘れてしまっているだけなのです。赤ちゃんと近い位置にいるベビーウェアリングではそれを可能にするのです。

日本は1603年~1867年の間、海外との貿易や交流をほとんど行っていませんでした。そのため17世紀までの日本の文化が日本の中で成熟し独特の文化や環境を作っていました。1867年に革命により政府が代わり、海外との交流が増えた事で子育てにも多少の変化がありました。しかし、1945年の第二次世界大戦が終了するまでは子育ての仕方、特に乳幼児の子育てに劇的な変化はありませんでした。大雑把に言うと、西洋では子どもは小さな大人と見なされ、厳しいしつけがあったこととは対照的に、日本では子どもは大切に育てられていました。侍や特殊な上流階級以外の庶民はのびのびとおおらかに育てられることが多く、地域で周りの大人から見守られながら、子ども同士が触れ合って育っていました。そのため、19世紀後半に日本に視察にやってきたヨーロッパ人は、日本の子ども達が穏やかに育っていることに大変驚いています。泣いている赤ちゃんが非常に少ないという記述もあります。

1932年~1945年の間に作られたと思われるおんぶひものカタログがありますが、イラストのイメージからもこの商品は収入も身分もある程度高い層に販売していたものだと考えられます。当時の日本ではおんぶする道具をわざわざ購入することは大変珍しかったと思われます。
それというのも、赤ちゃんは寒い冬なら自分の着物の中に入れておぶうことができるし、着物の帯を使って背中におぶうこともできるからです。改めて道具を購入する必要がありませんでした。このような状況は1950年代後半まで続きました。
写真にもあるように高い位置でおぶうと赤ちゃんの重さが自分の重心と一体になるので楽になるだけではなく、赤ちゃんが保護者のやっている家事などを肩越しに見ることで、教えなくても自然に色々な事を学んでいく利点があります。重いものを高い位置で持つことについては、どの民族でもやっていることであり、登山家なども重い荷物はリュックの最上部にのせるようにして身体への負荷がかからないようにしています。
1945年日本が敗戦したことで、アメリカを中心とした欧米文化が一気に入るようになってきました。この頃から町を歩く人の中でも市販されたおんぶ専用の道具を使う姿が見られるようになってきました。
アメリカから輸入された思想や設備で赤ちゃんを取り巻く環境に影響が大きかったものは次の3つです。
1つは抱き癖をつけない育児です。それまで日本では赤ちゃんを大切に育てることが重要だとされていたので、泣いている赤ちゃんを無視することはありませんでした。
あと2つは人工乳の積極的な導入と、施設出産です。
この3つの要素によって、日本における出産から子育てに関する環境が劇的に変化しました。
1960年代後半になると、赤ちゃんを背中にのせる動作に不安をもつ消費者からメーカーに問い合わせが増え、おんぶひもに赤ちゃんの足を通す部分がつけられました。しかし、この輪には落下防止の役割はほとんどなく、お母さんに精神的な安心感を与えるに止まります。
また足を入れる輪をつけたことで、伝統的な形が崩れ始め、この後は様々な改良が加えられていきます。その結果、私たちの商品以外には従来の日本のおんぶを再現できる商品がなくなってしまったのです。北極しろくま堂のおんぶひもは2002年に製造販売を開始しました。60年前の型紙を探し出して復刻したもので、生地のデザインを現代的なものにしています。
北極しろくま堂のおんぶひもはよく売れていますが、これをして外出する人はほとんどいません。胸の前で交差することが胸を強調することになるので避けられています。
英語版はだっことおんぶの研究所web siteに後日掲載します。
店主園田のカンファレンスレポート最終回は、ベビーウェアリングを広める組織の活動と、人気のあるベビーウェアリングのグッズの動向をご紹介します。
アメリカ・カナダのエデュケーター
ベビーウェアリングを広めるにはいくつかの方法があり、それを実践している人達がいます。アメリカとカナダには二つのエデュケーターの団体があり、それぞれが少しずつ違うやり方でベビーウェアリングを広めています。

ひとつはこのカンファレンスを主催しているBabywearing International(BWI)です。ここではベビーウェアリングで子育てをしてきた先輩お母さん達が全米とカナダにチャプターという地域拠点グループを形成して活動しています。
カンファレンスは06年から開催されていますが、ずっとこのBWIが主催してきたものではありません。というのも、少なくとも06年はポートランド(オレゴン州)のベビーウェアリングが大好きなお母さん達が開催したと聞いています。きっとこの6年のあいだに組織化され体制が整ってきたのでしょう。BWIの皆さんはお母さん同士の助け合い組織というイメージで活動しているように見受けられました。この方達が4日間にわたるカンファレンスを仕切るのはとてつもないがんばりが必要だったのではないかと想像します。リーダーのアンをはじめ、メンバーの皆さんに敬意を表します。

もうひとつの団体はエデュケーターと業者が参加しているBaby Carrier Industry Alliance(BCIA)です。ここのエデュケーターは企業(工房のような小規模の事業者も含む)に属しているまたは関係している人が中心で、どちらかというとビジネス的な要素が強い団体です。特に来年からアメリカ・カナダではベビー用商品を消費者庁のようなところが登録管理する制度が始まるので、その一連の制度の普及活動の一部もこのBCIAが果たします。アメリカ・カナダにはSGマークのような制度がなく、誰でも抱っこひもなどの育児用品を製造販売することができます。もちろん日本でも同様に製造販売はできますが、日本の場合は一定の水準以上の育児用品は第3者機関である製品安全協会(いわゆるSGマーク)が製品の安全性について一定程度の保障をする制度があるので消費者は商品を選ぶときのひとつの基準にすることができます。(注1) そうした制度がないことが影響しているのかはわかりませんが、実際にアメリカ・カナダではスリングで事故が発生した事実があります。
いずれの団体もスリングをはじめとするベビーウェアリングのグッズを安全に使うための普及活動を熱心に行っていて、これがあるからこそ、もともとベビーウェアリングを行わない欧米でもベビーウェアリングが広がっているのだと思えます。ほんとうに彼女達の熱心さには頭が下がります。(注2)
ベビーウェアリンググッズの動向

このエデュケーターの皆さんが使っているベビーウェアリンググッズというのが、『経験者が語る』もっともお勧めのものだと言えますよね。
06年ではリングスリング(北極しろくま堂が扱っているようなリングがついて調整できるスリング)を使っている人が多かったです。
08年はMei Tai(北極しろくま堂のタートリーノNEOタイプ)が目立ちました。この時点ではMei Taiとリングスリングが半々くらいになっていました。次の10年は私は参加しなかったので観察できていませんが…。 今回の12年にもっとも流行っていたのはwrap(北極しろくま堂のへこおびのような1枚布)でした。8割くらいの人がラップしていたように思います。海外のラップ製品としてはデディモスが有名ですが、他のブランドもいくつかありました。でもあれらは(あくまで園田個人の見解ですが)、日本人が使うには少し厚すぎて幅が広すぎるように感じました。また伸縮性のある生地を使ったラップはほとんど見かけません。
日本では今リュックタイプのエルゴが大流行中ですが、エルゴを使っている人は期間中にひとりしか見かけませんでした。エルゴタイプ(注3)のMei Taiでふたりを寝かしつけている強者は見ましたけどね。
彼女たちのベビーウェアリングは何が楽で便利なのかを私たちに示唆してくれます。日本も次の流行はラップかもしれませんね。

注1:SGマークは育児用品の中でも一定のカテゴリーに含まれるものだけしか認定していません。スリングは協会のカテゴリーに入っていないためSGマークを受けることができないので、日本ベビースリング協会においてSGマークと同様の試験を同じ検査場で受けています。
注2:ヨーロッパにもいくつかのエデュケーターの団体があります。
注3:エルゴベビーの原型はMei Taiと言われています。