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vol.236 対談「北極しろくま堂はこの20年でなにをgiveできたのか」

vol.236 対談「北極しろくま堂はこの20年でなにをgiveできたのか」
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【特集】Shirokuma mail 2021年新春企画・対談
「北極しろくま堂はこの20年でなにをgiveできたのか」
静岡大学客員教授 平野雅彦さん × 北極しろくま堂 園田正世

今回は、元広告会社のクリエーターで現在静岡⼤学 ⼈⽂社会科学部 客員教授の平野雅彦(ひらのまさひこ)さんをお招きし、しろくま堂店主の園⽥正世との対談を⾏いました。北極しろくま堂のネーミングとロゴマーク作りを担当し、初期にはブランディング顧問としてもしろくま堂に携わった、いわばもう⼀⼈の⽣みの親のような平野さんと、時間を旅してしろくま堂を語っていきます。
コロナ禍のためオンラインで平野さんはご⾃宅の書斎、園⽥はしろくま堂事務所からの対談となります。


しろくま堂20年の歩み

平野
成人式おめでとうございます。

園田
誰が成人式? あ、しろくま堂のことですか。 

平野
企業の寿命っていう意味では20周年というのは、本当にすばらしいです。

園田
いや、でもコロナ禍で厳しい状況が続いています。先日、成人式のニュースをやっていましたが、今年の成人は120万人くらいいるみたいですけど、昨年生まれた赤ちゃんは84万人です。

平野
そう考えるとすごいですね。

園田
すごい減り方。25%以上減ってます。改めてビジネスの環境としては、異次元のところにいるんだなと、思いました。

平野
こういう状況はじわじわと蔓延していく。目に見えないから実感が湧きにくい。そういう意味でこの20-30年というのは変革の世紀なんです。

園田
そうですね。自分にとってはあっという間というか、そんなに時代って変わっていないように見えるんです。でも、特にうちはネットショップだから、機械の性能に頼っている部分もあるので、ITやICTの環境も含めてすごく変わってきたんだなっていうのを、時々感じていますね。

平野
ところでこの間、資料の中からあるファイルが出てきたんです。

園田
なんですか、それは。

(平野さん、スケッチを取り出す)

園田
あー! これ、以前、月1で定期開催していた、しろくま堂の経営状況を確認するブランディング会議で描いたものですね。平野さん、ささーっと描いてました。よくとってありますね。

平野
そうなんです。

(平野さんが次々とスケッチをめくっていく)

園田
ああ、それ覚えています。海外に販路を広げていく際のしろくまマークを作る時のものですよね。2008年でしたね。国際商標としてEUや米国などに商標登録されている……。

平野
なんかこんなものも出てきたり。

園田
だっことおんぶの研究所のロゴマークですね。懐かしい。ありがとうございます。うちが100年企業になった時にはもう大貴重品になりますよ。

平野
20年を振り返ると、この、北極しろくま堂を何期くらいに分けて捉えたらいいんでしょうか。

園田
創業期がありますよね。

平野
発展期や黄金期があって、停滞期がある。

園田
私の中の区切りでは、まず発展期は2002~2008年ころかと。創業して最初は1日2~3個しか売れなかったけれど、すぐにネットに乗るようになってたくさんの人が支持してくれるようになりました。私自身は特に2000年代前半に主婦×インターネット×起業という3点でたくさん取材もされましたけど、それよりも一番爆発的に知名度が上がって売れるようになったのはやっぱりおんぶひも。昔ながらのおんぶひもをリバイバルしてるという取り上げられ方は、2003~4年くらいが一番大きかったかなぁとは思います。そこでマスコミにもたくさん出ましたし、輝かしい売り上げがありましたし。

左:日本経済新聞(2003年12月)
右:ダスキン発行 喜びのタネまき新聞(2005年1月)

平野
それで、2005年に東京・自由が丘にお店を出したんですよね。

園田
はい。11月3日にお店を出した時のことをしっかり覚えているんですけど、実際お店にいて、初日の売り上げが20万円だったんですよ。「え、20万しか売れないんだ」ってすごいびっくりして。当時はネットだともっと売れてたんです。とにかくその20万円という数字をはっきり覚えていて、そこで初めて、リアルで商売することと、インターネットの中で商売することはだいぶ違うんだと気が付いたポイントではありました。2007年に作った神戸店も含めて、5年間はリアル店舗があったんです。

自由が丘店

神戸店

平野
両方一度に閉店したんですか?

園田
自由が丘は2009年に、その後、2010年に神戸も閉めることになりました。リアル店舗での販売とネット販売は全く違うものだということを、自分もちゃんと理解しないまま踏み切ったんですよね。でも、あれはあれでしろくま堂の世界観が実現したという意味ではとても良かったです。

平野
2010年というと、NPO法人「だっことおんぶの研究所」が立ち上がった年でもあります。しろくま堂にとってみると激動の世紀でしたね。1985年、サントリーのリザーブというウイスキーのキャッチフレーズが、「時代なんかパッと変わる」(秋山晶)でしたが、まさに時代の方もパッと変わっていく。


北極しろくま堂が社会に提供できたもの

園田
平野さんが知っている中で、しろくま堂がやった印象に残っている事業ってありますか? いいも悪いも両方あると思うんですけど。

平野
2011年にあの東日本大震災が起きて、だっことおんぶの研究所がすぐに動きましたね。

園田
はい。研究所は、2010年にできてすぐ「子どもがいる家庭の防災講座」を開催したんですよね。その後3.11があり、予算は終わっていたのですが、3月にもう一度講座を開催し、被災地には支援物資として、さらしを送ったことがありました。

平野
あれは社会の中にあって、社会の中で生かされていることに結びついていってましたね。震災のあとに盛んに議論されるようになった、子育てや子どもに関する有事の際の課題に対しての一つの解答にもなっていました。

園田
でも……しろくま堂自体は一般の大勢に向けたイベントはやってないかもしれないですね。いや、だからこそ、そこで切り分けたんですもんね。研究所としろくま堂を。

平野
NPOの立ち上げは、ともすると、とても簡単なことのように思われてしまうんだけど、当時もしろくま堂との関係の中で誤解を受けないかとか、いろいろすごく心配しましたね。そういうことを乗り越えて、社会貢献事業へ踏み出したっていうのは、それはやっぱり大事なところだと思うし、これは一つのトピックになっている分岐点として印象深いです。

園田
研究所があるから、しろくま堂も頑張れたというか。独り立ちできた感じはしますね。

平野
さきほども「派手なことがない」と言ってたけれども、どうしたらいいものができるかっていうことを常に考え続けてきた。

園田
はい、それはもうずっとですね。そういえば昨年、新型コロナウイルスが拡大する直前に、製品「キュット ミー!」の縫製をお願いしていた縫製工場が高齢化でやめてしまったんです。

平野
びっくり!

園田
うちの製品は縫製が難しいそうなんです。特に薄い布をまっすぐに縫うのは。お洋服を縫っている方が簡単で、うちのは技術を使うのでしんどいと。
おんぶひもも最初、製造を依頼していた工場が2年くらいで廃業することになってしまったんですよね。2004年でしたが、その時は、廃業する会社の社長さんが信用できるところを紹介してくださったんです。うちの製品はおんぶひもにしてもスリングや他の製品にしても難しくて、相当な技術が必要されるという。

平野
そういう中で、他の企業ではなかなかマネのできない高品質な製品を提供できてきた。

園田
私は逆に縫製に関しては素人なので、こういう風にできないかとか、こうなったらいいのになんて、提案するんですね。提案というとかっこいいけど、無茶ぶりですね。それを実現してくれるところとは、結局長いおつきあいになります。

平野
これってやっぱり、とても正直な商売ですね。もっとコスト下げて、ぎりぎりのところで、ものを作ったりしていくこともできるわけですが、それはしない。北極しろくま堂や、だっことおんぶの研究所は、いつも業界全体のことを考えている。

園田
そうですか? 考えているぶん文句も言うけど(笑)。

平野
文句を言うってことは考えているんですよ。興味がなければ文句も言わないでしょう。

園田
ああ、そうですね。

平野
粘り強く言い続ける、なかなかできることではありません。日々の積み重ねですよね。積み重ねること20年。

園田
本当に。20年って長いですよね。

平野
安かろう悪かろうっていうところに飛び込むのは、ビジネスの仕方としてはあるわけですね。安かろう悪かろうで、一気に売り切りましょうという仕方。

園田
はい。最近多いですよね。

平野
やっぱりしろくま堂の価値はそことの違いにあるんでしょう。日本のだっことおんぶの歴史は、思想的にも製品を通しても、いざ、語ろうとした時には、しろくま堂を抜きに語れない。日本の漫画を手塚治虫を抜きにして語るのは無理なのと同じくらいに。
それはまあ一つのプライドでもあるし、売り上げをきちんと作っていくという意味でもあるし、同時に業界全体の信用をけん引していくっていうことでもあります。そこを手放さない。とにもかくにもより良いものを作っていくっていうことを最後まで手放さないでいるのが、園田正世という人がやってきたことだし、しろくま堂という会社を通して、やっていることではないでしょうか。

園田
ありがとうございます。自分もそれを意識してはいます。おそらく、業界の1%もないと思うんですよ、うちのシェア。それは別にいいんですけれど、でもやっぱり、1%なくても、買ってくれて、うちの製品を使っている人一人ひとりの、親子の積み重ねって絶対あるじゃないですか。それを思うと、なんかめちゃくちゃ重大な仕事だなって思えるんです。すごい大事な時間を…。

平野
そうですよ。

園田
スリングなりおんぶひもが子育てというそれぞれの時代の戦友みたいだと感じるんです。これがあったから、あの時間を乗り越えられたとか。もちろんいい時間もたくさんあるし。そういう風に相棒みたいに思ってくれる人が1日一人いてくれたら幸せかなぁ…と思います。

平野
むしろ、その、だっことおんぶが当たり前になりすぎていて、ありがたさに気が付かないくらいの人だっているわけじゃないですか。

園田
(笑)いるいる。でも、そのくらいの方がいいです。

平野
その通りですね。

園田
下敷きになってるくらいの感じがね。字がすらすら書けるのは下敷きのおかげみたいな。そういう道具でありたいです。


時代によって変わったものと変わらないもの

平野
現在に話を戻すと、北極しろくま堂としては、最近変わったことはありますか? 変化を余儀なくされたというか。

園田
変わった…というか、ここのところすごく反省したのは、独りよがりだったなっていうことですかね。ホームページの動きが悪くなってきて……。

平野
何月ころですか?

園田
2019年の11月ごろです。検索サイトのアルゴリズムが変更になったのに気づかなかったんです。そのことで検索されなくなってきて、それで、自分たちが「うちのことみんな知ってるでしょう?」っていう態度でいたんだなぁっていうことに気づいたんです。

平野
「みんな」って、具体的に言うと誰をさしているんでしょうか? 

園田
一般のお母さんたちです。子どもを産んだばかりくらいの人。「ちょっと検索すれば、しろくま堂のサイトがヒットして、まともなことが書いてあるでしょ?」って。「だからこの製品だっていいってことがわかりますよね」っていうこちらの態度がどこかに、見え隠れするようなことをしてたんだろうなって、すごく反省したんです。

平野
それは悪いことなんですか?

園田
情報を提供したり、細部にまでこだわって製品を作っていること自体はもちろんいいことなんだけど、もっと謙虚でなければいけなかったんじゃないか、って思いました。

平野
謙虚が大事なのは、もちろんわかります。でも、企業が謙虚になるっていうのはどういうことなんですか。

園田
もっとちゃんと「私たちはこういうものでございます」と、言っていかないといけなかった。

平野
改めて、北極しろくま堂の、あるいはだっことおんぶの研究所のトップページを見ると初期のころから「私たちはこういう企業です。こういう製品を作ってます」ということをちゃんとメッセージしているじゃないですか。

園田
サイトをつくる業者さんから、「今のインターネットを使う方たちの見方からすると、見えてないも同然だ」って言われました。

平野
もうすこし具体的に教えてください。

園田
例えば今うちのホームページのトップを見ると、最初からどんどん製品が表示されていますよね。私たちは製品に対して自信を持っているし、皆さんのお役に立つと信じて疑っていないので、どうぞここから選んでくださいって思っていたんです。でも、お母さんたちってどんどん新しく変わっていく、新しいお母さんが毎日生まれてる。

平野
今の、「新しいお母さんが生まれている」っていうのが……。

園田
重要ポイントですよね。新しいお母さんが生まれているから、ちゃんとその人たちにも伝わるようにしないといけなかったんです。例えば15年くらい前は、みんながブログを書いていました。いい製品や、使って良かったり、悪かったものも含めて詳しくレビューを書いて知らせようとして、リンクを張るという行為がよくなされていたんです。そのころのしろくま堂は膨大な数のリンクがあったけれど、次に単語を検索する時代になっていった。
検索もうまくいっていました。少し悩みがあるとか疑問があるとか、製品を探したいと思っている方にはすぐ届く場所に私たちはいられたんです。でもその後、インターネットを使う方たちの行動が、文字よりも写真やイメージに引き寄せられていくように変化していったのに、自分たちがそれに気が付いていなかったんですよね。ただ製品がぼーんと出ているから評判を知ってる人しか買わない、みたいな感じになっていることに、去年、20周年の年に気が付いたんです。

平野
最初のころはホームページのトップに企業からのメッセージがきちんとあった。それを確かブランディング会議で「もっと製品を全面に出していきましょうよ」という風に舵を切りましたよね。振り返ってみると実はあの時が大きなポイントだった。

園田
その、「製品をぼーんと載せていきましょう」と、なぜ舵を切れたかというと、もっとたくさんの医療者だったり、親御さんたちに本当に役立つものがなにかを知っている子育て支援の方々が、しろくま堂を知ってくれていたわけですよね。
特にコロナ禍になってから、口コミの仕方が変わってきていたんだろうなとは思うんです。2020年3月以降、直接人と会わない生活が普通になってきて、会話もSNSが多くなりましたよね。そうすると必要なことしか伝えなかったり、目の前にいる人や、ちょっとした会話からの話題の発生というものがなくなりました。やりとりが文字だけになると、文字以外のその人の周囲の情報が伝わらないんです。画像と少ない言葉で魅力が伝わるように伝えていかなければならなかったのに、それをしていなかったことに気づきました。

平野
口コミというのは、以前は実際にみんなが、公園とか沿道で会って行うものだったのに、いつのまにか考え方がネットの中の口コミに一気に変わっていきましたね。

園田
その、インターネットの中の口コミ自体も中身が変わってきたということです。

平野
でも一方で、たくさん届けてきたことでの知識や情報もありますよね。おんぶひもを提供しだしたのが2002年で、製品が爆発的に売れましたね。

園田
伝統的なものの中には、今の間尺にあわない習慣もあるとは思うんですけど、やっぱり長く選択されてきたものには理由があって、そこに想いを込めました。改良しすぎて元の概念が崩れてもやり続けてしまうみたいな、そういう開発もよくあるパターンとして見聞きしています。そうでないものが、掘り起こせたのは良かったと思っています。
ちょうど今日たまたま、16時ごろ、おばあちゃま世代のお客さまから電話があって、お嫁さんがおんぶをしようかしらと言っている。で、お嫁さんが調べたところ、北極しろくま堂の名前も出てきて、そのおばあちゃんも、うちのサイトを見てみたら「もう懐かしい、ああ、これこれ。ああ、そうだったそうだった」みたいなことがたくさん書いてある。よくやってくれましたね、ってすごいお礼を言われたんですよ。

平野
響いたんですね。そこには時代を超えて共感するものがある。

園田
けっきょくのところ、子育て自体はそんなに変わらないと思うんです。人を育てることは、1000年前と、……1021年と、2021年でも、本質的には同じだと思うんですよ。もちろん、品質のいい育児製品があるとかないとか、そういう違いがあるとしても、人を育てるっていうのは基本的な行動なので。根本的なところで何が必要だったのかなっていうのは、おんぶひもを通じて考えるようになりました。


1cmの積み重ねが子育ての柱

平野
やっぱり、道具によって、人間の行動って、変化を余儀なくされますね。そういう意味では、子育て自体は確かに100年とか、1000年という単位では変わらないって言えるかもしれませんが、小さなこの変化みたいなものが、例えば、現代の子育ての道具によって親子が1cm離れているのと、くっついているのとでは全然違う関係になっちゃうと思うんですよ。

園田
うん。それはすごい思います。ちょっと話が飛びますが、結局、いろんな研究を見ていると、やっぱり人間って本当に動物で、普段当たり前にこうやって服を着たり、音楽を聴いたりしているけれど、動物のところってちゃんと残っていて、子育ては人としての最初の交わり、接点だったりするんです。この1cm違うっていうのは、西洋的なやり方としては何百年か続いちゃっているけれども、そういう人たちと、アマゾンの奥地にいる人たちで、たぶんいろいろ距離が違うんだろうなとは思います。

平野
だっことおんぶの学術的な研究を始めたのは何年でしたっけ?

園田
あれ、平野さんは冗談で言ったんですか?「東大で研究したら」って(笑)。

平野
いや、真剣な提案ですよ。それまで園田正世という人は、ビジネスの成功者として各所で取り上げられてきた。でもそれだけでは他社との差別化、あるいは時代のニーズとしても弱いと感じていたんです。そこには製品の質を科学的にも支える「論」が必要なんです。

園田
そういう思いがあったんですね。平野さんが私にそう言ったのは2011年の11月ですよ。で、私はさっそく家庭教師をつけて英語やり始めたんです。

平野
早いですね。そういうところは本当に早い。

園田
いや、問題見たらこりゃ無理だと思って(笑)。

平野
話を戻すと、この器具にこういう強度がありますとか、丈夫な生地を使ってますとか、そういうところはしろくま堂が真面目にずっとやってきたことですが、そこには、大げさに言えばエビデンスが欲しい。そのためにも学術的な背景が絶対必要だと考えたんです。そのころちょうど、東京大学の生態心理学者・佐々木正人さんのアフォーダンス(※1)に関する書物を、私はデザイン思考のヒントとして読み漁っていたんです。

園田
アフォーダンスといえば、私は『誰のためのデザイン?』で造詣を深めましたが、やはり自分のやっていることにつながりを感じました。

「誰のためのデザイン?」(新曜社/初版1990年)

平野
そうそう。もう直感で、佐々木先生ってだっこやおんぶのとてもとても大事な点を言ってるなって思ったんですよ。そのころからデザインは私の仕事における大きなテーマでした。授業のなかで大学生たちにもよく言うんです。「今君たちは、自分の意思と力で椅子に座っていると思っているんだろうけど、実は椅子の形によってあなたたちの身体はデザインされているんだよ」って。

園田
そうですね。

平野
はっとする学生、結構いるんですよ。

園田
わかってくれるんだ。

平野
そう。今日あなたたちは自分の意思で大学の教室まで来たと思ってるけれど、道っていうものに、あなたたちは行動をデザインされてきたんだよって。

園田
確かに。そうですね。

平野
下駄で歩くのと雪駄で歩くのと靴で歩くのはね、全然違う身体の使い方をしてるんだよ、みたいなことを授業の中で伝えています。ベビーウェアリングを考える時にも、アフォーダンスは結構重要だと直観したんです。

園田
確かに。だっこやおんぶの研究というと、触覚とか、心拍や脳科学の生理学的なものからのアプローチが多いんです。あとは人類学的に過去のヒトがどうやって移動してきたかという問いの中に、抱くとか運搬が入ってくるというようなものだったり。でも抱いたりおぶったりという行為そのものは、育てる時にはあまり意識せずやっているものなんですよね。だからこそ、その普遍性を研究を通して解明したいと思っています。私が大学で進めている研究は本当に基礎の基礎部分なので、抱きやおんぶをを通じて人間を理解するというところにアプローチしています。

平野
現在、ベビーウェアリングに関する学術的なトピックはどういうところにあるんですか?

園田
いくつか流れがありますが、一つは進化人類学的な、人はその姿かたちからして抱かれる存在であるという基本にたって研究しているグループがあるのと、抱かれた時にどういう反応が起こっているのか。心拍数や、痛みを感じにくいとか、よく聞こえるとか記憶力がよくなっているんじゃないかとか、そういう脳科学とか生理学的な研究をやっているグループがあります。この二つが主流ですね。
肌に触れているから気持ちが和らいで、「痛いの痛いの飛んでけー」に代表されるような癒しの効果はあるだろうなと思いますし、実際そのような知見が積み上がりつつあります。それを解明することは重要なことだと思います。一方で私は、子どもは親を通じてどんな情報をどんなタイミングや行為から得ているのかを知りたいのです。

平野
そこにはどんな仮説があるんですか?

園田
さっきの、夕方電話をくれたおばあちゃまは、「子どもはやっぱりこの肩越しにいろいろ見ているから楽しいのよね。そうよね」って興奮してお話しされていました。そういう感想の中には、実は発達面での重要なポイントがたくさん含まれているんです。それを知りたいです。

平野
それも結構大事な視点ですよね。

園田
はい。親はいちいち口にしないけれども、だっこやおんぶをしている時に、子どもは安心してるとか、今楽しんでいるとか、この魚がどうやって捌かれるのか見てるんだなというように、感じていると思うんです。

平野
なるほど。

園田
その辺をきちんと言語化すればいいんですけれど。なかなか研究が思い通りに進みません。

平野
いずれにしろ、学問によって多くの、ビジネスに活かせるヒントを得たのではないですか。具体的には、世に出回っている多くの製品について、問題点がより明確に見えて来たりしているのではないでしょうか。結構いろんなところで、まっすぐにコメントしていますものね。

園田
誰が使っても70点くらいまでは使えるっていう簡便化された道具は、やっぱりそれはそれで存在意義があると思うんです。みんながみんないろんな方法で、自分がいいと思うものを使いたいだけだから。その選択に対して私たちが何か言うべきじゃないんです。全員の親御さんが赤ちゃんとくっついていたいわけでもないですしね。子育ての方法にも個性や多様性があることをしっかり自覚しないといけない。

まあ、私たちがやれていたこと、お客さんに製品をお渡しできていたことっていうのは、小さい時の幸せな時間のお手伝いくらいしかないかなとは思いますけれど。

平野
でも、その、小さなころの大切な時間っていうのは、やっぱり人間形成の大事な時期ですよね。

園田
はい。

平野
その時期を大切に、そこでの関係をよりよくデザインしよう、ということで成り立っているから。そこを雑に暮らしている人と、丁寧に暮らしている人では、その構築できてる関係は全然変わってくる。もちろんいろんな要因があるから簡単には言えないけれども、圧倒的に人間としての土台や石垣の部分を作っている、っていう。しろくま堂が大切にしているのは、そこの仕事ですね。

園田
そうです。だから派手さとか、所有していることで自慢したくなるようなブランドの見せ方とか、そういうことがちょっと苦手ですよね。それをやるとパッと頭がよくなるとか、子育てってそういうことじゃないじゃないですか。本当に先ほど平野さんが言ってたような毎日の親子の距離感ですよね。その1㎝の積み重ねが実は子育ての柱なんです。

平野
実はその、子どものころに大切にしなければいけない1cm2cmっていうものが、オリエンテーリングと同じで、最初に間違うと全く違う方向に進んでいってしまう。大事な時間を作ってるんですよね。

園田
そうですね。私たちは、ものは提供できるけれども、結局そうして使ってくれるのはお客さま親子だけにしかできないことです。お手伝いしに行って一緒に子育てをやるわけにはいかないから。だから私たちのやっていることはすごく地味な仕事なんです。

平野
地味な仕事ですね。よく、家は住み手によっていろいろ変わっていくっていう言い方を建築家もしますね。これは何からヒントを得て言っているのかというと、やはり子育て、つまり人間形成のことだと私は理解しています。
家は、建てた状態で施主に渡されます。そこからその家自体をどう「育てていくか」は、施主の住まい方に大きく影響されます。一方、その家は、社会から切り離された存在ではいられない。つまり社会とも関係を図りながら存在しないといけない。身勝手ではいられないのです。このことは、まさに子育てと同じです。だから、「育てる」ということがまずある。

園田
子育てがあって、家がある。

平野
そう。だから、建築家が言っていることはベビーウェアリングと一緒だっていうことを言いたいんだけど……。

園田
いやあ、でも子育ては難しいですよね。だっこやおんぶだけが要素でもないけど、でもそれも重要な一部分であったりして。

平野
難しいって、ベビーウェアリング的に言うとどんな?

園田
ベビーウェアリング的に? そうですね。例えばうちの一番下の子が小学校1年生くらいの時に、だっこされてることを「気持ち良かった」って言ったんですよね。「スリング入ってるの、気持ち良かった」みたいな言い方をしてて。それを聞いた時に、この子は大丈夫だなと思いましたけど。中2から高2までは主張が激しくて大変でした(笑)。

平野
(笑)まあ、それは思春期ですから。

園田
今、社会学入門みたいな本を読んでいて、ちくまプリマー新書っていう中の1冊で、社会学の先生が書いているんだけど、冒頭部分にね、これは社会学の専門家が書いている「社会学入門」の本じゃなくて、「社会」入門の本です、だって。

平野
筒井淳也『社会を知るためには』(,筑摩書房,2020)ですね。私も読んでいますよ。大人にも必読の書です。経済という学問と社会学という学問の圧倒的な違いがとてもよくわかる。学問というのは、独自の理論、方法、そして「問いのシステム」を持っていますが、まずは何でも自分の土俵(領域)に持ち込んで議論する経済学と、常に社会の側に議論の場がある社会学の違いを語る下りは、なるほどと思いました。
筆者は、専門分野の社会学を解体しつつ、いったん社会の諸現象を「社会」の問題として捉え直している。秀作です。なんといっても、冒頭部分の「世の中は混乱に満ちていて、専門家が、その専門のことを全部知っているわけではない」というのが的を射ている。

「社会を知るためには」(ちくまプリマー新書/2020)

園田
その通り、パーツパーツしか知らないんですよね、専門家の人って。私も、ベビーウェアリングのことはある程度わかるけど、子育て全般のこととか言われても、やっぱりわからないんですよ。

平野
普通に考えれば、「社会」は、自分の専門領域だけで動いているわけではないことはわかりますよね。

園田
はい、そうです、そうです。いろんな要因がある。


これまでの対談と、しろくま堂30周年に向けて

平野
これまでいろんな人に、メールマガジンでインタビューをしたじゃないですか。コミュニティデザインの山崎亮さん。絵本作家の内田麟太郎さん。今や「ほぼ日」で有名な糸井重里さんらと対談をしてきましたね。印象に残っている言葉などはありますか?

園田
いやあ、対談は結構緊張していて、あまり覚えていないんですよ。それぞれいい話だったとは思いますが。言葉も……一つに絞るのは難しいですし、本当にたくさんの豊かな言葉にあふれていました。
一つ挙げるとすると、桐島洋子さんの大ファンだったので、特にお目にかかれたのに感動しましたね。桐島さんの「内なる重心」という言葉が響きました。自分の肝(はら)がどこにあるのか、それが定まっていないのってかっこ悪いなと思いました。
あと、ちょっと話はそれますが、さきほど年賀状を整理していたら、それまで何度かインタビュー候補として挙がっていた三砂ちづる先生からいただいていたんですよ。

平野
おお、三砂先生。

園田
以前ちょっとコンタクトがあったので、そこから年賀状だけ毎年出させてもらっています。で、年賀状が返ってきて。「研究は進んでますか?」って書いてあったので。

平野
(笑)。

園田
そうやって女性とか子育てのことを生涯かけて真剣に考えている人が、私の研究に関心を持ってくれているのはありがたいなって思っています。

平野
私が対談してほしいのは、人類学者の山極壽一先生ですね。

園田
山極先生には一度研究会でお目にかかって、懇親会で1時間くらいお話ししました。夢のような時間でしたね。

平野
今からなら対談を申し込めるのではないですか?

園田
……でも、しゃべれないですよ。今の私にとって大御所すぎます。

平野
確かに大御所ですが、互いの研究自体が、近い領域なのではないですか?山極先生の本は非常にかみ砕いて書かれていますし、ネット上でトークも聴けますが、とても深いし、何よりもやさしく語りかけてくれます。とにかく、人と対話を重ねることで、ビジネスも、学問も突破口が開かれることはたくさんあります。一人で考えることは、結局一人で考える以上のことの答えを生み出しません。だから知識人たちは対話をするんですよ。

園田
それは、よくわかります。

平野
とにかく、一人でも多くの知識人らと対話を通して意見交換して、ベビーウェアリングについて理解、関心を持って頂くことが大事だと思います。

園田
そうですね、対話したい人は他にもたくさんいます。対話を通して、自分の考え方を常にアップロードしていきたい。ところで、平野さんが10周年の時に書いてくださったキャッチコピーを覚えていますか?「まっすぐに。正直に。10周年。」というものでした。この10年はそうしてきたつもりです。

平野
もちろん、覚えています。

園田
親御さんや取引先の方に向かって、いつも肯定的ないい人でいる必要はないと思うんです。それよりもしっかり本当のことを話して、肚(ハラ)を割ってつきあう。ダメなことを指摘することはできない場面もあるけど、より良い方向を示したりお互いに最終的に成長していける提案をすることが大切だと思っています。

平野
経営者がぶれないことは、大切ですね。同時に、時代の潮目を読むことも必要です。

園田
それこそ、変わらないために、変わり続ける、という何百年も続く老舗に学びたいと思います。

平野
暖簾を守るということは、逆の言い方をするなら、常に挑戦し続けることです。

園田
これから30周年に向けた北極しろくま堂は、やっぱりこれまでと同じで地味かな。誠実に製品を作り、正直に販売していきたいです。数字をごまかしたり、大げさな宣伝文句で人を引きつけるのではなく、古今東西の哲人のように常にまっすぐな態度で、「ほんとにこれ、いいんですよね。」ってつぶやいているような、そんな存在でいたいです。

平野
益々、期待しています。

園田
ありがとうございました。


※1 環境が動物に対して与える「意味」のこと。アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによる造語であり、生態光学、生態心理学の基底的概念。(ウィキペディア参照)

平野雅彦さんプロフィール

静岡市生まれ。国立大学法人静岡大学 人文学部
客員教授。図書館や博物館の立ち上げ、企業のブランディングほか様々な企画に参画。アート作品・ロゴマーク・キャッチフレーズなど各種コンテストの審査員や、テレビやラジオのコメンテーター、講演なども行う。日本新聞協会賞、ACC賞、静岡新聞広告賞など広告にまつわる受賞も多数。

著書
『大学的 静岡ガイド』(共著・昭和堂)
『図書館はまちの真ん中』(共著・勁草書房) ほか


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次号予告

北極しろくま堂はこの春改装祭り!

北極しろくま堂はこの春改装祭りです。1月には事務所の改装をして広くなったので、撮影室兼打合せ室、店主の部屋ができました。そして入学式・入園式を迎える4月にはホームページをリニューアルする予定です。
新しいビジュアルやコンテンツの編集がどのように進んでいくかをちらっとご紹介します!


編集後記

2021年新春対談企画、楽しんでいただけたでしょうか。
今回は、北極しろくま堂対談企画初のオンライン開催。平野雅彦さんと北極しろくま堂の20年の歩みを振り返りながら、赤ちゃんとご家族、そして北極しろくま堂のこれからを見据える節目の回となりました。
人と人の距離がもどかしい「今」だからこそ、ますます対話が必要なのだと気づきます。対話することでまた自らの輪郭を発見したり、その輪郭が周囲と交わることで新しいものが生まれるきっかけになるのだと、すっと目線があがりました。
子育ての1cmの積み重ねを、誠実に正直に支えていく、北極しろくま堂であり続けます。
SHIROKUMA mail editor: NK

EDITORS
Producer & Creative Director Masayo Sonoda
Writer Mai Katsumi, Masahiko Hirano, Masayo Sonoda, Asami Yagi
Copy Writer Mai Katsumi, Masahiko Hirano
Photographer Yasuko Mochizuki, Yoko Fujimoto, Keiko Kubota
Illustration 823design Hatsumi Tonegawa
Web Designer Nobue Kawashima
Editing interview articles Masayo Miyasaka