『抱きぐせ』の誕生と消滅


我が子を抱っこする父親

現代では否定されている『抱きぐせ(癖)』。聞いたことはありませんか?

日本では『抱きぐせ』を付けないようにということが1960年代(昭和35~40年代)以降は特に言われてきました。もしかしたら、2020年の現在でもそのように言われたことがあるママやパパがいるかもしれません。

この記事では、『抱きぐせ』がいつどこで言われるようになったのか、その内容や考え、経緯について紹介していきます。

  1. 抱きぐせはいつから言われるようになった?
  2. スポック博士の育児書以降
  3. 最後に

1.抱きぐせはいつから言われるようになった?

1-1.いつから?

『抱きぐせ』という言葉がよく知られるようになったのは『スポック博士の育児書』に書いてあったから、と言われることがありますが、『抱きぐせ』という言葉じたいはもっとずっと前から日本にあります。昭和6年に発行された『婦人公論大學(育児編)』で、太田孝之氏が「抱きぐせをつけないこと、神経質体質の乳児はつきやすい。抱けばよくね入るがねかすとすぐ眼がさめてしまうようになる。最初のうちに注意してむやみに抱かぬようにせねばならぬ。」と記述があります(加藤翠 et al.,1970)。昭和初期に生まれた言葉ですが、よく使用されるようになったのは戦後であり、加藤らが論文を書いた1970年ごろは、抱きぐせに関して否定的見解と肯定的見解の両方の意見があり、どちらがよいとか悪いというような形勢はなかったようです。

1-2.『抱きぐせ』は日本独自の解釈ではないか?

英語圏には『抱きぐせ』に相当する言葉はないようです。日本のように赤ちゃんや子どもと接触が多く、長時間を同じ空間で過ごして世話をする文化を近位ケア文化(proximal care cultures)といいます。これは非欧米社会によくみられる育児の習慣で、一方の欧米は遠位ケア(distal care)なので、赤ちゃんはほとんどの時間をベビーベッドやベビーサークルなどの独立した空間で過ごすと言われています(Maudlin, Sandlin, & Thaller, 2012)。どちらの育て方がよいということはなく、文化的背景からこのような違いが生まれてきています。

抱いたりおぶって育てる日本では、赤ちゃんが泣いたら抱いてあやすということが多く、泣く←→抱き上げるということを繰り返すことで「泣いたら抱っこしてもらえると思っているから泣く」という循環が生まれます。それを「『抱きぐせ』がついた」と呼んでいます。

また、小児科医の大橋俊夫先生が育児雑誌に書いた記事に「抱きぐせに対する一私見」という文章があり、抱きぐせは身体の痛みが要因になっているとしています。身体をねじった状態で抱き続けたり、頭部を後屈(赤ちゃんが天井をむいた状態でのたて抱き)を続けていることで、首〜肩〜背中の筋肉が固まってしまい、寝床に寝かせると硬くなっている筋肉が一気に伸ばされて不快になるので泣くのではないかと推測しています。

1-3.スポック博士の育児書

1966年に翻訳発行された『スポック博士の育児書』(暮らしの手帖社)には「しょっちゅう抱かれていると抱きぐせがつく」と書かれ、否定的に捉えています。この本が爆発的に売れたことから、『抱きぐせ』はよくない習慣、悪癖というようなイメージが拡がったと考えられます。

ところが、『スポック博士の育児書』では、抱くか抱かないかという行為について言及している文章は少なく、甘えを受け入れるかどうかという点に焦点が当てられており、その受け入れ方のひとつとして抱っこを挙げています。全体では自己の甘えを通したいために泣いている子に対しては、親の意見をちゃんと申し渡しましょう、という感じでアドバイスしています。

“When he frets and raises his arms, explain to him in a friendly but very firm tone that this job and that MUST get done this afternoon. Though he doesn’t understand the words, he dose understand the tone of voice.”

(raises his arms は、前後の文章から、抱っこを要求して腕を伸ばす状態を指しています。)

甘えを受け入れる / 受け入れない態度として、抱っこする以外にも歌を唄ってあげたり上記のように大人に話すような断固とした声色をもって申し渡すなどの様々な方法を提案しています。

日本はもともと甘えを受け入れる(特に乳幼児の)文化でしたし、それゆえに肌を合わせて優しくあやすという行為がよく行われていました。日本では甘えを受け入れる主な行為が抱っこやおんぶだったということから、スポック博士の育児書の翻訳では『抱きぐせ』という言葉を当てはめたのかもしれません。

スポック博士の育児書は1966年に日本語版が発行されましたが、1930年代には既に米国では発売になっており、甘やかしや甘えの受け入れについては言及されていました。アメリカ流の育児に対する考えややり方はGHQが持ち込んだとも言われますが、抱っこする / しないまでも取り入れていたのかは確認できていません。

2.スポック博士の育児書以降

2-1.お母さん達はどう考えていたか

1969年(昭和44年)に創刊された日本初の育児雑誌『ベビーエイジ』は、創刊号の特集のひとつが『抱きぐせ』でした。当時の記事によると、座談会でお母さん達が『抱きぐせ』をつけてしまったらどうしよう…、でも抱っこしないと赤ちゃんが泣き止まなくて困るというスタンスで語っています。その後の『ベビーエイジ』の記事には『抱きぐせ』の記事が何回もでてきますが、概ね『抱きぐせ』には肯定的な見解を示しています。一方で、当時人気を分けていた『わたしの赤ちゃん』(主婦の友社)という育児雑誌は、どちらかというと『抱きぐせ』に対しては否定的な見解を示している内容が多くみられました。同じ主婦の友社から1980年(昭和55年)に出版された「最新 赤ちゃん百科」には「長時間や頻回に抱いていると抱きぐせの原因となるので、なるべく抱かない方針のほうがむしろ安全」と書かれています。

筆者は1990年代の終わりに第1子を出産していますが、当時はまだ親(祖父母)世代には抱きぐせはネガティブはイメージで語られていました。よく言われたのは、
「泣いててもだっこばっかりしちゃだめよ。甘えた子になっちゃうからね」
というようなことでした。泣いているわが子を見ながら、筆者は「ごめんね、だっこできないんだよ」と言って一緒に泣いていたのを覚えています。今考えるとなんとアホな母親でしょう。

2-2.『抱きぐせ』の否定

2003年に『小児科臨床』に掲載された文章には、抱きぐせは肯定的にとらえられており、「子どもにとっては母親とのスキンシップは情緒の安定につながり、その体験が抱かれることを要求することになり、これは自然なことである。」と解説しています。また、抱きぐせはモロー反射などの原始反射が消失する生後6カ月ごろには収まり、抱くことは「子どもの要求と母親の自然にわき起こる愛情で自然に対応してやれば良く、「抱きぐせ」はけっして悪い「くせ」ではない」と臨床医に向けて指導しています。このような指導が小児科の先生に向けた雑誌で書かれているということは、当時はすでに「抱きぐせ」がネガティブな印象を持たれず、さほど気にすることでもないと考えられていたと推察されます。

2013年に開催されたアメリカの社会学者ヘネシー・澄子先生の講演では、以下のような発言がありました。この発言では、『抱きぐせ』という言葉はないにせよ、アメリカでも泣いている赤ちゃんの対応の仕方や意識が1930年代から一部変わったということが示唆されています。

アメリカでは1950年代には『抱き癖』をつけないことによる精神面に与える悪影響がわかってきたそうです。悪影響と言って良いと思います。名前もついています。『反応性愛着障がい』と呼びます。
なぜわかったかというと、1930年代に抱かれずに育った青年達に精神障害が急激に増えたからです。

反応性愛着障がいの症状は以下の通りです。(参考:ヘネシー・澄子『子を愛せない母 母を拒否する子』学研 2004)

  • 感情面>愛されない不安感でイライラ…
  • 行動面>自分(子ども)を愛そうとする人に向ける攻撃性
  • 思考面>自己否定、他者否定のマイナス思考
  • 人間関係>支配ー隷属の結びつきが特に強い

心を育てるという面をより重視する昨今では、「抱きぐせ」という言葉はもう過去の言葉としてもよいのかもしれません。

2-3.赤ちゃんと抱っこの『甘い』関係

ヒトの赤ちゃんは「生理的早産」とも言われ、歩けないうちにお腹からでてきます。自ら移動できない赤ちゃんの命を守るためには、授乳できる人の近くにいさせる必要があり、なおかつ動物からの襲撃に備えなければなりません。よって抱っこしたり、どうにかして身体にくっつけている必要が生じました。それをどうやってきたかということは物証がないので確認することはできませんが、抱くことは育児での必須の行為だったことは確かです。それがいつしか、文化圏によっては不要な行為とみられたり、避けられたりしてきました。

抱っこする(日本ではおんぶも含む)は赤ちゃんの甘えを受け入れる、簡単な表現法のひとつとも言えます。抱き上げて寄り添うだけで愛情を伝えられます。良くも悪くも、日本では長い間、甘えを受け入れる文化が続き、それによって考え方や対人でのふるまいなどの日本人らしさが形成されてきた面があります。

最後に

最近は「抱きぐせ」について聞かれることが少なくなりましたが、抱っこの相談に一緒にきた親(祖父母)世代からは時々質問を受けることがあります。抱きぐせを付けない子育てをしてきた方々に、ご経験を否定するようなことをお話しするのは気が引けますが、言葉を選びながら伝えていきたいと思います。
また、「赤ちゃん百科」にある「抱かない方針のほうがむしろ安全」とある安全とはなんなのだろう? と思いました。安全の反対は危険ですが、抱きぐせがつくとなにがどう「危険」なんでしょうね。

引用・参考

  • “抱きぐせ”の概念についての一考察 / 加藤 翠 他 小児保健研究 28(4), 140-145 (1970-07) 日本小児保健協会
  • Maudlin, J. G., Sandlin, J. A., & Thaller, J. (2012). Baby culture and the curriculum of consumption: a critical reading of the film Babies. Pedagogy, Culture & Society 20(2),211-229
  • 抱きぐせの原因、治療、予防について / 大橋俊夫 小児保健研究 31(4): 167-167, (1973) 日本小児保健協会
  • スポック博士の育児書 / 暮らしの手帖社 1966
  • 小児外来の育児相談 各論1 生活上の相談 抱く / 田村幸子 小児科臨床 56(4), 2003
  • 子を愛せない母 母を拒否する子 / ヘネシー・澄子 学研 2004.10 子育てサポートブックス

この記事の執筆者

園田正世(そのだまさよ)
北極しろくま堂有限会社 取締役

北極しろくま堂有限会社 取締役 園田正世(そのだまさよ)

2000年〜北極しろくま堂有限会社 取締役
2010年〜非営利活動法人だっことおんぶの研究所 理事長
2013年〜本格的にベビーウェアリング(抱っこやおんぶ)の研究を続けている。
東京大学大学院学際情報学府博士前期課程修了
同大学院博士後期課程在学中

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