正高信男先生のスウォドリングの論文


手元に『布と人間』※という分厚い本があります。私が購入したのは2000年代の中頃だと思うのですが、当時は難しすぎて読めませんでした。

布は有史以前に発明されたもので、人の歴史に永く関わっています。布でぐるぐる巻きにされた赤ちゃんの絵や写真をみたことはありませんか? 布は子育てのなかでも、赤ちゃんの衣服から運搬用の道具までを担う重要なツールです。日本ではあまり馴染みがありませんが、「スウォドリング(swaddring)」という風習が世界各地に残っていて、子育てに役立つ布の使い方としてながく行われてきました。

この記事では、スウォドリングの風習が子育てにどのような機能を果たしているかを分析した論文「南アメリカ先住民の伝統的子育ての習慣であるスウォドリングの機能」(正高信男(1996). 『心理学研究』67(4), pp.285-291.)を紐解いてみます。内容は注釈がないものは全て当該論文からの参照です。

  1. スウォドリングとは
  2. 結果
  3. 考察など

1.スウォドリングとは

現代のスウォドリングの様子です。巻き方には様々な方法があるようです。

1-1.スウォドリングの形態と行われている地域

スウォドリングは育児法のひとつで、「南アメリカ先住民および中国西部の山岳地帯からモンゴル〜・ロシアにかけての地理的に広範な地域に居住する住民の間で」(Loux, 1979)行われていた(いる)、布で赤ちゃんをぐるぐる巻きにする方法です。2500年前のミイラも同じようにスウォドリングされている(Museo Tiwanaku, 1991)そうなので、人の歴史上かなり古くから行われていたと推測できます。この引用が古いものなので、2019年の今も同じ地域で行われているかどうかは不明ですが、youtubeで「swaddling」と検索するとたくさんの動画が見られるので、いまだなお普遍的なものなのでしょう。

ヨーロッパでスウォドリングが盛んに行われていたのは18世紀までだったそうです。例えば、18世紀末にパリで1年間に出産した赤ちゃん21000人のうち、19000人は近郊の農村に里子に出され、その子たちは「ほぼ間違いなくスウォドリングによって育てられたと考えられている」そうです。

1762年、ルソーはスウォドリングを育児放棄のひとつの形態だと強く批判し、「女性にとって最も重要な役割とは、まず何よりも母親であることなのであり(後略)」と本に書き、新しい育児法を主張しました。

1-2.先行研究など

世界中のさまざまな地域で行われていたスウォドリングですが、大規模な調査が行われたことはあまりありません。〈という記述を読んで、筆者も最近の論文を検索してみましたが、確かに数多くはヒットしませんでした。〉スウォドリングの実態と影響を調べた量的な研究は1940年のもので、ポピ(Hopi)族の63例の母子の調査でした。Dennis & Dennisというふたりの研究者はスウォドリングされている赤ちゃんとされていない赤ちゃんでは歩行開始時期が違うかどうかという点に関心があったようですが、データを統計的に処理したら有意差がなかったそうです。ですが、調査対象の母子達は1日平均して5時間ほどしか巻いていなかったそうなので、その程度の時間では乳児の運動発達には影響がないのだろうと結論しています。〈2011年に出されたFrenken, Ralphによるスウォドリングの論文では、この結果を知った(幼児の初期歩行の研究で有名な)アドルフ氏は(運動発達の他の分野では、軽度の制限が起こっても発達の明らかな遅れが現れると考えられているので)非常に驚いたと明言しているそうです。ーそして、この結果を精査するためには、より多くのデータと検証が必要だと考えたと書かれています。〉

1-3.この研究の目的

スウォドリングに関しては数多くの事例を集めて検証する研究がなされていないので、その習慣があるボリビアのアメリカ先住民、アイマラ(Aymara)族を対象に、育児の実態調査をしました。ここでスウォドリングをする家庭の子と、それを行わなくなった家庭の子を比較して、どのような子育てが行われているかを洗い出し、スウォドリングそのものが果たしている機能を分析することが目的です。

2.結果

2-1.調査方法

調査は1995年の5月から6月にかけてアンデス高原部のエルアルトという地域で行われました。エルアルトでは、夫婦と子ども単位で独立した住居に住んでいます。

正高先生は無作為に(ふらりと?)258世帯を訪問し、育児の様子を観察したい旨を伝えたそうです。そのうちの248世帯でOKがでて、詳細な調査が許されたのはそのうち42世帯。各家庭で3時間ほど観察させてもらったそうです。そのなかでは、スウォドリングをしているかどうかだけではなく、言葉のかけ方やほほえみの回数、おむつのチェック回数(おむつではなく下着だそうです。おむつを見るというよりも、排泄のチェック)などをしました。その後の質問では、家族の形態や収入源、赤ちゃんの下着の所有枚数、スウォドリングをどこで誰に習ったか、何歳までスウォドリングをするつもりか、などを聞きました。調査時期は乾期で、農閑期だったとのことです。

2-2.スウォドリングを行う世帯と行わない世帯の面接調査による比較

調査した248世帯のうち、1歳未満児が生活していたのは74世帯でした。そのうち、スウォドリングを行っていた世帯は51世帯(68.9%)で、そのうちの24世帯に詳細な調査をしました。一方、スウォドリングをしていない23世帯のうちの18世帯でも詳細な調査が行われました。

詳細な調査をした42世帯に下記の項目を質問したところ、差があったのは唯一所有する(赤ちゃんの)下着の枚数のみでした。スウォドリング世帯では平均6.3枚所有しているけれども、スウォドリングをしない世帯では3.2枚でした。しかし、その下着を取り替える回数は同じ程度だったそうです。

  • 夫の同居率(%)
  • 同居している子どもの平均数(人)
  • 平均月収(ボリーバル)
  • 乳児の平均日齢(日)
  • 乳児用の下着の平均数(枚)
  • 1日に下着を取り替える平均頻度(回)

2-3.スウォドリングを行っている乳児と行っていない乳児に対する育児の観察による比較

観察中にスウォドリングをする世帯としない世帯での大きな違いは母親から赤ちゃんへのはたらきかけの回数でした。観察時間の3時間中での家族と赤ちゃんのやりとりの平均回数です。

赤ちゃんに対するはたらきかけはほんの少しスウォドリングする家庭の方が多かったのですが、統計的には有意差はありません。差があるのは抱き上げたり、ほおずりをするという「非言語的はたらきかけ」が誰によってなされたかという点です。スウォドリングしている家庭では家族が赤ちゃんに感心を寄せているようで回数が多いですが、スウォドリングしていない家庭ではお母さんのほうがそのような行為をする傾向にあります。

2-4.スウォドリングの実際

布の巻き方はどの家庭でもほとんど違いがなく、季節によって多少巻き付ける手順を省いたり、月齢が進むに従って腕を出したりするという変化があるそうです。スウォドリングの方法は全員が母親から学んでおり、寝かしつけるときにも行うものだと回答しています。

スウォドリングする理由は、3つあるそうです。

  1. 子どもの身体をまっすぐ育てるため
  2. 防寒
  3. 子どもが泣かなくなるから

巻き付ける布(アワヨというそうです)は昔は各家庭で織っていたけれども、調査時(1995年)には購入するものになっていました。お値段は月収の2.5カ月分だそうです。

3.考察など

3-1.考察

先行研究ではスウォドリングといっても、1日5時間程度の拘束ということでしたが、調査結果でわかったように夜間もスウォドリングしていることを考えると1日8時間以上は巻かれているということが想像できます。

また先行研究では、スウォドリングは母子の濃厚な接触を防げることから回避的愛着形成が促されることによって、憂鬱な状態の共通意識が形成され、それが世代間で伝承されると推察されているそうです。この研究では、スウォドリングをしていない母親の方が赤ちゃんへのかかわりが多い結果になり、スウォドリングをしていて且つ母親からの働きかけが少ない家庭では、それ以外の家族による関わりがそれを補っています。

布をきつく巻くことによって、乳幼児の覚醒水準を低下(Brackbill,1973 ; Lipton, Steinschnider, & Richmond, 1965)させ、「それ自体”子どもをあやす(pacificatory)”効果を持つ」ために、心拍数を低下させて落ち着かせるなどの生理的現象以上の機能があるかもしれない。他にも、動き回ることを制限することで、不衛生な環境から赤ちゃんの命を守るという機能を果たしている可能性もあります。

まとめと感想

スウォドリングすることによって、乳児の覚醒水準を下げることで落ち着かせる作用を活かすと同時に、「母親以外の家族による育児参加を物理的に可能にする環境設定の機能をスウォドリングが果たしている可能性」が示唆されたとまとめられています。スウォドリングしていると他の家族に子どもをみていてもらうということがしやすくなるのかもしれません。

育児の裏側には広大な生活やその人々の文化が拡がっていて、どれがよいとか悪いという判断はできませんし、ナンセンスです。

正高先生がこの調査をしたときには、当該地域でもユニセフによる西洋近代化が進められていて、スウォドリングをしない母親はそういう新しい文化を受け入れたい・受け入れる志向があったかもしれないと書かれていました。そうなると言語的な関わりが増えることもあるかもしれません。調査って難しいですね。

それと、乳児の下着ってどういうものなのでしょう。おむつではないそうです。月給2.5カ月分の高価なアワヨを汚すわけにはいかないとなると、排泄はどうなっていたんでしょうね。

※書評が東北薬科大学のリポジトリにありました。ご興味ある方は書評から読んでみてください。本書は論文集なので、この書評では西欧近代について論じている第 Ⅱ 部 6章と7章を中心に書かれています。こちらから。


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