おんぶ紐にまつわる風習についての一考察


日本でも母が使用したものを娘や息子の嫁に譲るという風習は残っています。例えば成人式の振り袖などは、親族に譲ってもらったものを着たという方も多いのではないでしょうか。
しかし、育児用品に関してはごく近年まではそのような「ものの引き継ぎ」はあまりなかったようです。

1.おんぶひも

1-1.「おんぶひも」を自作する?

昔の日本ではベビーキャリーをわざわざ作ること、それ自体がほとんどなかったのですが、一部の地域では(筆者が知る限りでは九州の一部と沖縄地方)簡易だけれども赤ちゃんをおぶうための専用のものを家庭で作っていたこともありました。島根のある地方では、実家が細長い布を藍で染めて嫁に行く娘に持たせたそうです。染めるときに家紋を染め抜き、それをおんぶに使ったそうです。
そもそも第2次世界大戦以前のおんぶひもは、日常的に使用している紐や帯を流用していることの方が多いので、赤ちゃんのためにわざわざつくるという発想にはならないのかもしれません。
一方でいじこやいずめと言われる、赤ちゃんを入れる大きなカゴは家族で作ったようですが、派手な装飾があるものを見たことがありません。あくまで実用第一に作られているように見えます。

いじこ、いずめ、えじこなどと呼ばれている。なかには灰や藻を乾燥させたものが詰め込まれていて、赤ちゃんはお尻丸出しにして入っている。

いじこ、いずめ、えじこなどと呼ばれている。中には灰や藻を乾燥させたものが詰め込まれていて、赤ちゃんはお尻丸出しにして入っている。

戦前の婦人雑誌で出産準備品を特集した号があるのですが、そのようなところでも「おんぶひもを作る」という記事はありません。当時は赤ちゃんのためにおむつや赤ちゃんの産着や肌着、ねんねこ袢纏を作っていましたが、おんぶする道具をわざわざ作るという発想はなかったようです。

日本で初めて育児専門の雑誌『ベビーエイジ』が発売されたのは1968年です。『ベビーエイジ』(婦人生活社)には、おんぶ紐を自作したというような投稿記事が掲載されたり、手作りだっこひもの特集が組まれたりしました。

『私も「しょいこ」を作ってみました』と投稿されていた画像。胸の前で抱っこしているけれども「しょいこ」と表現している。

『私も「しょいこ」を作ってみました』と投稿されていた画像。胸の前で抱っこしているけれども「しょいこ」と表現している。

身近なものを流用していたただの紐や帯から、平面であっても構造化されたことによって制作するという発想になったのでしょうか。

1-2.アンティーク市場に出回らない日本のおんぶひも

私自身も10年以上もネットやリアルで日本の昔のおんぶ紐を探していますが、いまだ巡り会ったことがありません。田舎の親戚に聞いても、「あんなもん、どうしょもないら。捨てたよ」と笑われてしまいます。
日本の昔のおんぶ紐がアンティーク市場に出てこないのは、布製品で劣化しやすいということもありますが、そのようなものは人にプレゼントするようなものではない、という意識が強いと思います。古物商の友人が田舎に行って探してくれたのですが、「おんぶに使っていた」と言って差し出されるのはただの紐か帯だそうです。それはタンスの奥にしまわれていることが多く、しかも汚れが原因となって布が劣化しており保存状態がきわめて悪いとのことでした。

2.海外の事例

2-1.中国

中国では刺繍を施すなどして、美しいベビーキャリアを作る文化がありますが、キャリアとしての用途が終了すると美しい装飾部分をはぎ取って上着に当てたり帽子にしたりして再利用していますよね。一方、日本ではベビーキャリアそのものを装飾するという風習は一般にはなかったようです。
中国の装飾はそれを使用する母親の実家の権威も示していたと聞いています。裕福な家庭ではそれなりの豪華な刺繍や装飾が施されていました。

中国のおんぶひもは美しい装飾が施されている

中国のおんぶひもは美しい装飾が施されている。

また中国の装飾には魔除けの意味もあるので、金属が付けてあったり悪魔が近寄らないように目玉をモチーフにした模様になっていたりすることがあります。この発想は日本の背守り(せまもり/せもり)にも通じる風習なのかもしれません。

google検索より。「背守り」は江戸時代以降、子どもの魔除けとして背中に縫い付けていた刺繍。近年再び注目を集めている。日本では背中から悪霊が入ると考えられていたのに対し、中国では頭から入るとされていたため目玉の模様がついた子ども用の帽子などが作られていた。

google検索より。「背守り」は江戸時代以降、子どもの魔除けとして背中に縫い付けていた刺繍。近年再び注目を集めている。日本では背中から悪霊が入ると考えられていたのに対し、中国では頭から入るとされていたため目玉の模様がついた子ども用の帽子などが作られていた。

中国の子ども用の帽子。頭から悪霊が入らないように目が見張っている。

中国の子ども用の帽子。頭から悪霊が入らないように目が見張っている。

2-2.ボルネオ

ボルネオではおんぶ具を使用しますが、背あて部分はビーズできれいに装飾されています。このような頑丈な素材であれば家族が結婚前に協力して作ったり、使い終わっても他の親族に譲るということができそうです。

ボルネオのおんぶ具は木製。ビーズで模様が描かれている。

ボルネオのおんぶ具は木製。ビーズで模様が描かれている。

まとめ

現代の日本では使用したベビーキャリアを中古で販売したり友達に譲ったりすることはありますが、過去にはほとんどなかったと思われます。

  • 装飾がなくただの紐や帯であり、どの家にもあるから
  • 何人も育てるので、人にあげるほどきれいな状態で残ることがない

という理由だと考えられます。


この記事の執筆者

園田正世(そのだまさよ)
北極しろくま堂有限会社 取締役

北極しろくま堂有限会社 取締役 園田正世(そのだまさよ)

2000年〜北極しろくま堂有限会社 取締役
2010年〜非営利活動法人だっことおんぶの研究所 理事長
2013年〜本格的にベビーウェアリング(抱っこやおんぶ)の研究を続けている。
東京大学大学院学際情報学府博士前期課程修了
同大学院博士後期課程在学中

雑誌やテレビでも話題!これまで数十万人のママが愛用!ベビースリング・抱っこひもの専門店