Onbu History 101 おんぶの歴史


今、海外でOnbuやOnbuhimoが人気です。それで時々おんぶについてのご質問をいただくのですが、説明がかなり長くなるのでこの記事にまとめようと思います。
関連ページとして2012年冬に〈Japanese Babywearing〉というサイトを立ち上げてご紹介していますが、日本人がおぶいながら子育てをしてきた背景や道具の変遷についてはサイトでご紹介しきれていないため、この記事にまとめます。
なお、この記事の内容に伴う画像や詳細、分析等はInternational Babywearing Conference 2016にて発表します。

1.化石のような日本の子育て

1-1.昔の風習や子育て感が残る日本

複雑な内容になりますが、大きい意味で日本は他の国や民族の文化が大きく取り入れられたことがありません。日本人のルーツには諸説ありますが、先住民族はいるものの海を渡ってきた民族とも良い意味で融合してきたと考えられています。日本は島国であり、容易に他諸国と行き来ができなかったという地理的背景もあります。
第2次世界大戦後のグローバル化した社会はさておき、日本は800年前も80年前も同じような子育てをしてきたことがうかがわれます(1)。

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ある研究者は「日本の子育ては化石のよう」と表現します。(例えばこちら
この70年は海外からのモノや情報がたくさん入ってきたので、日本にいながらも私たちをとりまく環境や道具が劇的に変化してきました。

1-2.日本の子は労働時間はほぼおぶわれていた

日本は貴族や武家、大きな町人以外の多くは男女問わず働いている社会でした。そのなかで子どもを育てるにはふたつしか方法がありません。
(1)労働と子育てを両立させる
(2)誰かに預けるか、子どもをまとめて面倒をみるような社会的システムをつくる
日本では長い間(1)を選択してきました。そのためには労働(稼業とは限らない)のあいだも子どもをそばに置いておく必要があります。そのための方法として日本では長く”背中に赤ちゃんを背負う”という方法を採用してきました。
多くの人が農業で生活を成り立たせていた時代は農繁期には赤ちゃんをカゴに入れるという方法(イジコ、イズメ)もありました。しかし日本の子育ては「赤ちゃんにとって天国」と言われた(2)ほどよく面倒をみる方針なので、赤ちゃんはいつも誰かの背中を借りたり、作業を引退した祖父母や近所の人たち、年長の子どもが世話をするサイクルができていたのです。

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子どもが子守をするときには、自分自身も遊ぶために背中にくくりつけて、つまりおんぶをしていました。

2.「紐」の意味

2-1.「紐」は平たい長いもの

おんぶひもの「紐」の意味を考えてみましょう。モノを縛ったりくくりつけたりするための長いものには平たい紐や数本をねじったロープ状のものがあります。英語ではおんぶひもの「紐」をサッシと言ったりストラップなどと表現してきましたが、「紐」で言いたいのは「平たい、長いもの」という意味です。
丸いロープとはニュアンスが異なります。平たく長くても手のひらよりも幅広いと「帯」といいます。
おんぶひもの「紐」は日本人がもつスタンダードなニュアンスではせいぜい幅7~8センチ程度まででしょう。

そして重要なことは「紐」を使って赤ちゃんを体にくくりつけるということは、リュックサックのようには使用しないということです。紐は何に何かをくくりつけることに使用しますが、綱(英語でいうロープ)は何かを持ち上げる時に使います。強く重量がかかるものに使用します。
背負子では肩から提げた紐を使って背負いますが、それは薄い紐ではなく、紐をより合わせて編み込んだ平たいロープ状になっています。紐はくくりつけたり軽量物をつなぎ止めるために用い、それには持ち上げるというニュアンスはありません。紐をサッシ(タスキ)のように斜めに使用している状態は写真をや絵画で散見されますが、紐が地面に対して垂直に伸びるような使用方法は確認できません。

2-2.「紐」を含めて身近な道具を流用していた

赤ちゃんを背中におぶうためには、「紐」以外にキモノそのものも使用していました。キモノの中に赤ちゃんを入れて(skin to skinもよくみられた)その上から帯をしめました。そうすれば落ちることはなく、赤ちゃんの状態を感じながら自分は仕事をすることができます。

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2-3.背負子が子守帯に変化しなかった理由は謎

日本でも世界の様々な民族もモノを運ぶ道具として「背負子」(しょいこ、おいこ)というものを使っていました。農作業では薪や収穫物を運び、商人はそこに販売品を載せて売り歩きました。山小屋に大量にモノを運ぶのにも使用していました。背負子には実に様々な形状があり、研究の対象にもなっています。背負子はご想像のとおり、荷物を載せる部分がありそこからでた紐が両肩の上部から脇に向けて下がっているものです。イタリアで発見された5300年前のアイスマンも背負子様のものを使用していた形跡があり、長く人の生活に役立つものとして各地で使用されていたと想像されます。
ところが日本では背負子はベビーキャリーには進化しませんでした。西洋やネイティブアメリカンのベビーキャリーが背負子型から始まっていることを考えると、日本が子どもを背負うのに紐を採用したことには何か意味があるかもしれません。
民族によって体型や地勢や気候を含めた暮らしの環境が違います。日本はもともと農耕文化が色濃く、腰とひざを曲げて作業することが多かったようです。そのようなことも背負子が子守帯に発展しなかったことと関係するのかもしれません。

2-4.昭和40年代(1960年代)からの劇的変化

ながくキモノに赤ちゃんをいれたり、紐や帯を利用することでおんぶを実現してきた日本では、1930年代になるとそれらの代用品として「子守帯」が商品化されるようになりました。初期は紐の中心部に幕を垂らしたような状態から発想されたようです。(これは中国のMei Taiに似ています)
九州の天草の一部地区には「おんぶもっこ」という地域に根ざしたおんぶひもが残っています。まさに紐に布を垂らした形状から発展したもののようです。同様のおんぶひもは中国にも韓国にもありますが、使い方はそれぞれ違っています。大陸のおんぶは腰で支える状態のものが多く、子どもは肩越しに親や養育者の行為を見られるわけではありません。

日本のおんぶひもは1960年代に海外に輸出されていました。それほど市場で話題になることはなかったようですが、実際には欧米でのベビーキャリーの商品化にインパクトを与えています。

日本では1960年代の後半になると子どもをどうやって背中に乗せて良いのかわからない(babywrapでいうトスができない、わからない)という声が聞かれるようになりました。そこで日本の子守帯メーカーでは子どものお尻を覆い落下を防止するためにおんぶ紐の本体に改良を加えていきました。具体的には脚を通す部品を組み込みました。
その後に胸の前で紐をクロスすると乳房が目立ってイヤだという声もあがり、おんぶ紐がどんどん背負子のようなリュック型に変化していったのです。
この頃からおんぶの位置がどんどん下がるようになり、もともとの共視を可能にしていた日本のおんぶの姿が変化していきました。

3.おんぶの研究

人が抱いたりおぶったりする行為は授乳と並んで人類がずっと行ってきた行為だと考えられます(3)。しかしながら抱っこやおんぶについてはあまり研究が進んでいません。

3-1.柳田国男の分類(参考:ベビーエイジ第7巻10号161p)

民俗学者の柳田国男は赤ちゃんの運び方を3種類に分けました。
「かかえ児」はだっこで運ばれる赤ちゃんで、比較的裕福な階層の家庭に多いとしています。鎌倉時代の絵巻には老女が赤ちゃんを素肌に抱きかかえてその上から衣服を着ているものがありますが、胸の前での抱っこでも背中のおんぶでも養育者の素肌に直接触れるようにすることが多かったようです。
「背なか児」はより庶民的なやり方で、母親だけでなく子守りを任された子ども達も背中に赤ちゃんを乗せていました。
「ツグラ児」のツグラは前述したイジコとかイズメなどと呼ばれる篭とおなじものです。農繁期などで人手がないときに利用されていました。

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3-2.雑誌にみるおんぶへの言及

1960年代以降には日本でも育児専門の雑誌が刊行されています。その中で興味深いのは少なくとも1970年代(おおよそ昭和50年代)までは胸の前に抱っこすることを「前おんぶ」と表現していることです。おんぶという言い方が背中にいるという状態を飛び越えて、誰かの体を使って赤ちゃんを運搬すること全般に使われていました。
日本で胸の前に抱く抱っこひもが一般的になったのは1970年代の後半以降です。1980年になるとスナグリ(ブランド名)の抱っこひもの輸入が盛んになり、雑誌への広告や記事にも抱っこひもが多く見られるようになってきました。国産メーカーも抱っこひもの開発に注力し始めます。2016年の現在はその抱っこひもで育てられた赤ちゃんが子育て世代になっています。

まとめ

いかがですか。おんぶはもともと特別な道具を使用せず、身の回りにあるもので行ってきました。今は洋服を着る方がほとんどで帯のような紐が身近にあるわけでもなく、同じように流用することは難しいでしょう。
しかし「紐」という言葉が表すように、あくまでもロープやストラップのような厚みがあったり細工がしてあるものを最初から使用したわけではなく、長くて平たいものがおんぶに用いられていたのが最初だったということがみてとれます。

海外でOnbuhimoがメジャーになりつつあります。海外でのOnbuhimoの定義は「腰ベルトがないこと」とされていますが、この条件だけでは日本人の私たちからみると違和感を感じます。筆者自身は日本の伝統的なおんぶは、おんぶしたときに子どもが肩越しに前方が見えることに大きな特徴があると考えています。
今回の記事はアメリカ在住の方からいただいた質問が元で作成しました。
”Did onbuhimo originally just mean back carry with any type of carrier or cloth or rope or did it originally mean a specific design like we think of an Onbu today?”
意訳:もともとの「おんぶひも」の意味は子守帯や布、ロープでおんぶすることを意味していますか。それとも今の(海外の人たちがイメージしている)おんぶであっていますか?
というものでした。Onbuする行為とそれを実現しているhimoの関係をどう説明しようか、そもそもhimoをどう説明するかという問題に行きあたってしまったのです。
文化を説明したり理解するのは難しいものですね。

参考資料
(1)絵巻 子どもの登場―中世社会の子ども像 (歴史博物館シリーズ) / 河出書房新社 (1989/08)
(2)逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー) / 平凡社 (2005/09)
(3)〈運ぶヒト〉の人類学 (岩波新書) / 岩波書店 (2014/9/20


この記事の執筆者

園田正世(そのだまさよ)
北極しろくま堂有限会社 取締役

北極しろくま堂有限会社 取締役 園田正世(そのだまさよ)

2000年〜北極しろくま堂有限会社 取締役
2010年〜非営利活動法人だっことおんぶの研究所 理事長
2013年〜本格的にベビーウェアリング(抱っこやおんぶ)の研究を続けている。
東京大学大学院学際情報学府博士前期課程修了
同大学院博士後期課程在学中

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