北極しろくま堂の考えるベビーウェアリング

店主・園田 正世

わたしたち北極しろくま堂のホームページや商品では、"Babywearing"や"Wear the Baby"といった言葉をよく使います。これらの日本語訳は、「赤ちゃんを身にまとう(こと)」です。
日本ではベビーキャリアーも含めてひとくくりに「抱っこひも」と呼ばれていますが、リュック式の抱っこひもやおんぶひも、ベビーカーは"Baby Carrier"(ベビーキャリアー:赤ちゃんを運搬するもの)であり、一方スリングや日本の伝統的なおんぶひもは"Babywearing"(赤ちゃんをまとう、身につける)するものです。「赤ちゃんを身にまとう」という言葉は聞き慣れない言いまわしかもしれませんが、古くから「おんぶ」をしてきた日本人は、根っからの"Babywearer"なのです。
わたしたちはBabywearingを以下のように定義しています。

  1. 養育者と子の体がある程度密着している
  2. 抱く・おぶうために腕(身体)以外の道具を使用している
  3. “Wear”の単語に象徴されるように「持つ」「ぶら下げる」のではなく、子をまとっている

これは赤ちゃんを運搬目的で抱いたりおぶったりするだけではなく、意志を持って、あるいは移動させる以外の子どもの成長に何かしらの関わりを持ちつつ抱いたりおぶったりすることを意味しているものと考えています。

私たちが商品を通じてお伝えしたいのは、「人間として誰もがもつ子育ての”身体感覚”をとりもどして欲しい」ということです。
少しだけ長くなりますが、その中で「はっ」とすることがちょっとでもあれば、幸いです。

日本人は根っからのBabywear

日本人は昔から「おんぶ」する民族でした。
しかも、昔は一本のひもだけで赤ちゃんを支えていましたので、たとえばこんにち一般的に売られている抱っこひもやおんぶひものように、赤ちゃんが肩から“だらり”とぶらさがってしまうのはとても危険でした。昔は子どもをおぶうときは高い位置でおぶいなさいよ、こうしなさいよ、ああしなさいよ、と、おばあちゃんや近所のおばさんたちが教えてくれていたものです。加えて日本の子どもたちは小さいころから兄弟姉妹のおもりをさせられていましたから、「おぶう」ということが誰でもふつうにできていましたし、赤ちゃんもそうやって育ってきました。
つまり、日本人は根っからのBabywearer=「赤ちゃんを身にまとう人たち」だったのです。

「子育て」は、人類が誕生して以来ずっと昔から行われてきたことです。
平安時代や江戸時代でも、一般庶民であれば小さな子どもがいたとしても誰でも何かしらの仕事をしないと生活がまわらなかったはずです。女性は家で和歌をよんでいればよかったのではなくて、生活するための作業を子守りをしながらしなくてはなりませんでした。
昭和に入っても、ふつうの家だったら家事炊事などを自分たちでやらなくては生活ができませんでした。昭和初期の映像や写真などを見ると、おじいちゃんやおばあちゃんが子守りをしているものがあります。子どもたちは小さな兄弟姉妹をおぶって学校に行きました。農家では赤ちゃんをおぶって畑にゆき、泣いたらおっぱいをくれて、また野良仕事に精を出して…
このような生活の中で、「おんぶ」という日本流のBabywearingはそのかたちを整えていったと考えています。
「げんこつやまのたぬきさん」という童謡をご存知でしょう。
「げんこつやまの たぬきさん おっぱいのんで ねんねして だっこして おんぶして またあした」
これは、日本の赤ちゃんに限らず世界の赤ちゃんに共通するものだと思うのですが、少なくとも日本の赤ちゃんは古くからこのような毎日をおくっていたのでしょう。常にだれかにおんぶされていたり、抱っこされていたり。


民族や部族 人類の子育てとBabywearing

日本に限らず、世界中に存在するあらゆる民族や部族では、ゼロ歳の子どもがいるからといって女性は作業を休むことができませんでした。赤ちゃんを一枚布などで体にしばりつけて畑へ出向いてそのまま作業をしたり、授乳以外は家族がおもりをしていました。現代のように家事と稼業が完全に分業されていない社会ではそうせざるを得なかったのです。
これはわたしの推測ですが、ましてや狩猟採取時代は、生まれたばかりの赤ちゃんを寝床において大人がどこかへ出かけるなどということはなかったはずです。なぜかというと、小さな赤ちゃんは大人が守ってあげなければ獣に襲われてしまう存在だから。多くの人類学の研究では、ヒトの乳幼児は他の動物にとってかっこうの食料だったということがわかっています。そのために大人は赤ちゃんや小さな子どもを自分の体にしばりつけておく、「身にまとっている」のが常だったと考えられます。


べったり一緒、が自然であること。

動物園の動物がときどき育児放棄をします。理由はいろいろあるようですが、生まれるとすぐ親から離されて人工的な手が加われば加わるほど、動物の親は本能的に自分の子がかわいくなくなってしまうようです。やっぱり赤ちゃんは、親の近くにいないと双方にとってメリットがありません。自然界では、動物は生まれた直後からべったり親と一緒にいて必要な時期に子離れ・親離れをしていきます。これは、生き物にとって体や心、あらゆる面で親子ともどもに利益があって良い結果をもたらすからでしょう。
わたしたち人間は、自分の要求を自分で何一つかなえることができない赤ちゃんのそばに寄り添い、四六時中お世話をします。そうすることによって、赤ちゃんは世話をしてくれる親や保育者を通じ基本的な「信頼感」をだれに教わるわけでもなく身につけて、人間として成長していくのです。これまで人類はずっとそのように生きてきたのです。

スリングとの出会いは1999年11月3日「いいお産の日」

わたし自身がスリングを手に入れるまえ、子どもを抱っこしていて何が一番大変だったかというとそれは「肩がこる」ということでした。
当時市販されていた抱っこひもは、使いはじめてものの5分で気分が悪くなるくらい肩や首に負担がかかるものでした。装着も面倒だったのをおぼえています。このバックルをこうして、このひもをしめて、それでこのボタンをしてから…といった具合にとにかく準備が大変で、こうした準備をしているあいだにも子どもがぐずりはじめます。とてもじゃないけど、「さっと抱っこする」なんてできませんでした。
そんなわたしがスリングと出会った場所は、1999年11月3日に東京・池袋でひらかれたイベント「いいお産の日」の会場です。
展示場の一角で、赤ちゃんを母乳で育てたいお母さんを支援する団体「ラ・レーチェ・リーグ」がブースを出してスリングを売っていて、わたしはそこでうまれてはじめて「スリング」を手にしたのです。
こうして手に入れた「スリング」ですが、実は、わたしはこのときまでスリングというものをほとんど知らなかったのです!
当時のアメリカにはスリングが子育てのための商品としてすでに存在していました。また、いろんな国で、そして長い歴史の中で、布一枚で赤ちゃんを抱っこするということは事実としてあったのですが、1999年の頃のわたしはスリングに関する情報は知らないままで実物を手にしました。
スリングというもの自体を知らなかったわたしは、当然ながらその使い方もよくわかっていませんでした。思うと、いまよりも低い位置で使っていた気がします。そして、わたしが買ったスリングはテール部分がひらひらしたキュットミー!のような「スカーフ状」ではなく、リングテールのようにまとまったシンプルなものだったのですが、このテールの通し方さえもよくわかりませんでした。


魔法の布

とにもかくにも、スリングといっしょにもらったA4サイズの紙に印刷された「スリングの使い方」をみながらじぶんでなんとか装着し、使ってみました。そうしたら、その日から本当に体が楽だったのです。
それまで使っていた抱っこひものように使いだして5分で気持ちがわるくなるということがありませんでしたし、子どもの体重がとても軽く感じられました。
下の子が生まれて、上の2歳の子が当然のように「赤ちゃんがえり」をしましたが、2歳の子どもをスリングに入れてもとても楽だったのです。
また、単にわたしの体が楽だったわけではありません。
わたしの体にぴったりくっついた状態になることで子どもたちは精神的に落ち着くのか、スリングで抱っこされると「ほっ」とした様子で寝ていることが多かったのです。だから無理矢理寝かしつけることもありませんでした。目覚めても泣いてぐずることもなく、本当に心地よさそうなのです。
まるで、スリングの中だけは常におだやかな空気が流れているかのようでした。
このときに初めて赤ちゃんを”wear”することのすばらしさ=Babywearingがとてもいいものであると「実感」したのです。
これはとてもいいものだから是非とも日本のお母さんたちにも教えてあげようと個人輸入をはじめたのが、「北極しろくま堂」の原点であることはもうご想像がつくかもしれませんね。


欧米諸国におけるBabywearing

TheBabywearer.comを主宰するJeni Nortonさん(黄色いスリングをしている)とWeb Savvy MamaのKristine Deppeさん@Babywearing Conference 2006 (Reed College, Portland)初日Ring Slings and Pouches ワークショップにて

2006年の夏、わたしは通訳の女性と一緒にアメリカで開催されたBabywearing Conference 2006に参加してきました。
歴史上一枚布の抱っこひもが「スリング」という名前でいちはやく商品化されたのがアメリカだったはずなのに、カンファレンスの会場ではスリングがどのような布でできていて、どのように縫製されているかとか、どのように使うのかといった表面的な話ばかりが中心で、Babywearingが親や子どもに与える精神面での効果などがあまり話題にならなかったのは少し残念でした。

ただ、それもそのはずです。
カンファレンスにきていたBabywearerたちは欧米諸国ではまだ「少数派」で、こんにちも欧米人の大多数が「ベビーキャリー」を日常的に活用しているのですから。
この事実は、欧米における歴史やそこから発生する慣習に起因しているとわたしは想像していますが、当時現地のBabywearerたちは「わたしたちは産業革命でBabywearingをしなくなりました」といっていました。それも原因の一つだと思います。家事労働のなかで子どもを育ててゆくことと、工場で子どもを育ててゆくことは違います。日本では赤ちゃんをおんぶしながら作業をするという選択をしましたが、先の彼女たちの言葉からもわかるように、欧米では赤ちゃんをどこかに置いて作業をするという選択をしてきたのです。
いまのようにBabywearingのための道具がただ「子育てに便利ですよ」という考えでスリングなどを売っていたら、Babywearingがそれを実行する親子にとって「便利」である以上の効果をもたらす行為であるなどといったことを欧米人が意識することはないでしょう。
「人間を人間らしく育てるために」ということに関した情報をもっと発信してゆけば、Babywearingに対する彼らの意識は変わるのかもしれません。

日本流Babywearingが姿を変えた理由

おんぶひもの使い方は、ホームページに掲載している「北極しろくま堂オリジナル・昔ながらのおんぶひも」の使い方をご覧いただくとわかりやすいかもしれません。

前述の日本流のBabywearingが姿をかえていった理由の背景には、おんぶひもというBabywearingの道具と、育児方法の両方の変化がタイミングよく重なっていると思うのです。

北極しろくま堂の「昔ながらのおんぶひも」の型紙をおこすときに大変お世話になった育児用品製造メーカー(株)トリゴエさん(※)のはなしによると、第2次世界大戦の直前または直後に、それまでの「一本ひも」タイプのおんぶひもに「背当て」がついたタイプが開発されたそうです。
ところが、1960年代なかばに入ると、「おんぶのしかたがわからない」という声がユーザーから寄せられるようになり、この背当てつきタイプのおんぶひもに赤ちゃんのあしを入れる「わっか」がつけられました。
赤ちゃんをおんぶするときは、赤ちゃんの背中から両脇のしたを通したひもを胸の前でまとめてきゅっと握り、赤ちゃんごともちあげて肩ごしから背負います。
このときに赤ちゃんの足が「ぶらり」となった状態のままなので、おかあさんたちは赤ちゃんが落ちてしまわないか心配になったのでしょう。
その流れから、赤ちゃんの足を入れるところが最初からわかるよう、お尻のあて布の脇にわっか型のひもをつけてみたり、さらにその部分を少しくりぬいて太ももがちゃんと入る形にしてみたりして、赤ちゃんにおんぶひもをセットする際にはじめから足をおんぶひもへ通してしまうというやり方がうまれました。
やがて、おかあさんの胸を強調してしまうような「バッテンひも」タイプが姿を消していきました。
追い打ちをかけるように、1970年代なかばになって元歌手の山口百恵さんが赤ちゃんを「抱っこ」で育てていることがマスコミで報道されました。それからおんぶひも自体の消費量が激減し、主流は赤ちゃんを胸の前でかかえる抱っこひもにうつっていったそうです。


一方、戦後の占領政策の一環で実施されたさまざまな制度改革がそれまでの日本の伝統的な育児方法に大きな影響を与えました。
たとえば、助産院や自宅で「産婆さん」の介助でおこなわれていたお産も、病院でするようになりました。赤ちゃんが泣いたらおっぱいをくれてというやり方は自立心が育たないと考えられ、一日に必要なミルクの量は計算して与え、赤ちゃんをコントロールしようとしました。また、抱きぐせをつけてはならないと、赤ちゃんはベビーベッドにひとりで寝かせるのが一番いいという考えを広めました。
赤ちゃんは何かを要求しているときに「泣く」ということしかできません。
ですから、この「泣く」という行為によって赤ちゃんが訴えようとしていることはいろいろあります。それは、何かを飲みたいとか食べたいということだけに限らず、暑いとか寒い、気持ち悪い、痛い、さみしい、怖いなど本当にさまざまです。泣いている赤ちゃんを放っておくと、「いくら泣いても誰も私の訴えにこたえてくれない」と赤ちゃんは感じとることになります。この訴えを無視しつづけると、やがて赤ちゃんは自分の体の中に感情をおしこめてしまうとされています。「サイレントベビー」という言葉は耳にされたことがあるかもしれませんね。
先に触れたおんぶひもの歴史、そして戦後の占領政策など、いろんなことが重なりあうようにおこって日本流のBabywearingはその姿をかえていったのです。


お母さんと赤ちゃんのもっともよい関係

赤ちゃんとのふれあいを大切にする子育てのしかた「アタッチメントペアレンティング Attachment Parenting」や、それによって親子の絆が深まる「ボンディング Bonding」などを重視する方もいらっしゃいます。それらを理解した上でスリングやおんぶひもなどを手にいれるのもいいでしょうし、逆にこういったことを知らない状態でそれらを手にしていただくのもいいでしょう。
また、この色がかわいい、これがかっこいいといったファッション感覚で「とりあえず」Babywearingをはじめていただいてもかまいません。
使っていただいているなかで、「なんだか落ち着く」とか、「しっくりくる」とか、「赤ちゃんって四六時中泣いているものじゃないんだ」、という声が少しでも聞ければ、わたしはそのお母さんと赤ちゃんが今よりもいい関係性をもつお手伝いができたと思います。

Happy babywearing☆
北極しろくま堂店主・園田正世

※(株)トリゴエさんは戦後すぐに創業し現在は残念ながら廃業されました。