園田
内田さんはユーモアあふれる絵本から「まねっこでいいから」のようなメッセージ性の強い作品まで、本当にジャンルが多岐にわたって書いていらっしゃいますよね。
内田
対象にまっすぐ向かったマジメな本も書きますが、そういうものばかり書いていると絵詞作家としてある意味で危ないからナンセンスものも書くんです。
園田
バランスをとっていらっしゃるということでしょうか。
内田
そうそう。真面目なものっていうのは世間的に尊敬されやすいんです。そうすると危ないから、危ないと言うのは早く年をとっちゃうから。周りに年寄りにさせられちゃうでしょう。だから次は、チャンカチャンカチャンをやるぞって。
園田
おもしろいですね。一人の人の中にこういう感覚って同居しているんですね。
内田
そんな特別なことではないんですよ。友達には、「同じ人間が書いたとは思えない、おまえの脳みそ見せてみろ」って言われるんですが。
絵本ってお母さんが登場するものが多いんですよね。幼年向きの作品を書いている人は必ず書いているんじゃないですかね。私はそれを書いたのが遅かったんですよ。それからはなんとなく書いているという感じです。
「まねっこでいいから」
瑞雲社
内田麟太郎・文
味戸ケイコ・絵
「とっくんとっくんとっくん」まねっこの抱っこが母親の気持ちをとかし、子どもの笑顔を取り戻していく。
庭で様子を見ていた犬、猫、うさぎもまねっこの抱っこをして・・
園田
今回対談をお願いするきっかけになった「まねっこでいいから」はまさしくお母さんものの絵本ですが、これは実際のモデルさんがいらっしゃるそうですね。
内田
私のホームページの掲示板に、親から虐待をうけてこられて、自分の子どもが二人いるんだけど、抱っこができないという投稿がありまして。それでその人のかかっているお医者さんがたまたま私の本を読んでおられたらしく、「内田さんの絵本を読まれたらいかがですか。」とアドバイスされたそうなんです。私自身も継母につらくあたられた経験があったので、何度かメールをやりとりしたんです。
心ってやっかいじゃないですか。その女性は自分が愛されてこなかったから、今度は自分の子どもを愛せないっていう思い込みがあるんです。それは実際あるんだろうけど、猿だって学んで愛せるんだから、愛していないから抱っこできないというのも思い込みだったりするんです。もちろん自然に抱っこしたり、された経験がないから親和力というかな、人との関係がうまく育っていないというのもあるんだろうけど。
私はもともと看板職人だったんです。見習いのうちは兄弟子さんの字を見てまねて覚えていきます。それと同じだから「とりあえず、まねっこで抱っこするところから始めてみたらいかがですか。」とアドバイスをしました。
お母さんはあくまでまねっこで抱いている、という少し冷めた感覚があるかもしれないけれど、子どもにとっては、額に「これはまねっこよ」って書いているわけじゃないから、それまでそんなことされたことなかったからうれしいんですよ。それで学校や幼稚園から急いで帰ってきてくれるようになったそうです。そうすると逆にお母さんが子どもに助けられていく。うそっこで始まったけれど本当の抱っこになっていったんです。見合い結婚と同じで、形が先にあっても愛情が育っていくわけなんです。
園田
以前うちのだっこひものスリングを買ってくださったお母さんの言っていたことを思い出しました。「私は子どもが嫌いだったけれど、結婚して妊娠しました。だから抱っこして体にくっつけていないと、気持ちがついていかなくて虐待しちゃうんじゃないかと思って、くっつく道具を探してたんです。」とおっしゃっていました。きっと、抱っこすることで育つ愛情ってあると思います。
このエピソードはすぐに絵本にされたんですか。
内田
いえ、本にするとかは全く考えていなかったんです。その女性とのやりとりを1年、2年
と続けていくなかで、ふとある日「まねっこでいいから」というフレーズがふわっとした柔らかさをもって「来た」んです。それは「子どもとうまくいくようになりました。」ってメールをくださったからだとも思うんですが、そのフレーズと、その女性のことと、私自身のことが重なりあってきて。それで書き出したんです。
それから絵本を書いていくうちに物書きのカンで、このまんまお母さんと娘だけで書いていったらこれはとても息苦しい話になるだろうと思えてきて・・・。だけどこちらの願いとしては、まねっこでいいからということで抱っこされたお母さんと子どもがともにこう、救われるところへいくというのを書きたいわけなんです。そんなときにふっと応援団が来てくれました。それが話の中に登場する犬と猫とうさぎで。
園田
なるほど、あのシーンはとても微笑ましいですよね。
内田
ここがないとやっぱりやせていてだめなんです。あと、もうひとつは「とっくんとっくんとっくん」という心臓の音です。これは考えて出てくるものではなく、書いているときに自然に出てくるものなんですよ。絵本というのは短いですから、なにか本の運命を決する響きみたいなのがあるといいんです。それが浮かんだ瞬間、これは絵本として上手くいくだろうと感じました。
園田
「とっくんとっくん」というフレーズは絵本の中から本当に聞こえてくるように感じて、実際に子どもを抱っこしている感覚になりました。
赤ちゃんの脳はビックバンの段階
園田
ちょっと絵本とアプローチは違うんですが、うちの会社は抱っこする道具を作っています。だっこひもといっても赤ちゃんを運ぶためではなく、意思をもって抱くということ
を考えた密着した抱っこを提案したいと思っています。でも今日電車の中で見ていても、赤ちゃんを抱っこしている人っていないんですよ。みんなベビーカーを押して電車に乗ってきます。
内田
そうそう、私びっくりしたんですよ。以前電車で一緒に乗ってきたお母さんがベビーカーに赤ちゃんをのせてきて。電車に乗っている間、お母さんはずっと携帯をぴっぴとしているんです。その横で赤ちゃんは一生懸命にばあばあとか何かを言っていたんです。赤ちゃんの脳は急成長しているビックバンの段階にあるから必死に言葉にならない言葉で話しかけて、その反応を欲しがっているんでしょう。でもお母さんはずっとぴっぴやっていてひとつも話しかけない。
園田
よく見かけます、そういう光景。赤ちゃんが必死になにか言ってるんだけど、そのお母さんにとっては言葉をしゃべっていると認識されていないんでしょうね。
内田
それであのお母さんはあの子が小学校4年生くらいになったら絶対言うんですよ。「どうしてあなた国語がこんなにできないの!」って。(笑)
園田
ははははは。
内田
「あなたのせいなんだよ!」って言いたいけれど。それで中学くらいになったら「なにいってんだてめえ!」って子どもに言われるようになってしまいます。お母さんはその理由が分からないだろうけど、ほんとはお母さんのせいなんです。