園田
こんにちは。中田さんの「ここあのいえ」は以前、うちの子がお世話になっていました。その節はありがとうございました。改めて、中田さんの自己紹介をお願いしてもよろしいですか。
中田
この伝承を伝え始めて約10年。実際にこの一軒家を借り、「ここあのいえ」を始めて約4年になりました。幼稚園教諭から始まり、かれこれ25年くらい親子と関わる仕事をしていますが、きっかけは、私自身が子どもを授かり、母となった15年前にさかのぼります。東京の露木大子さんが催された「わらべうたの会」に参加したときに、岩手県遠野で阿部ヤヱ(※1)さんという方が、遠野に伝えられ守られてきた「伝承」というものをさらに次代に伝える活動されていることを知って興味が湧きました。仕事柄それまで、いろいろな子育て方法の勉強をしてきましたが、ヤヱさんが実践しておられることを知れば知るほど、日本人としての子育てのあり方を考え直すようになりました。そして、これが一番素晴らしい方法であると確信したのです。現在も勉強中の身ですが、わらべ唄を通した子育ての方法を、特に子育て中のお母さんたちに「ここあのいえ」でお伝えしています。
<中田好子さんプロフィール>
現在、静岡市葵区にて「ここあのいえ」開業中。
公式HP http://cocoaacoco.petit.cc/
子育て支援センター講師
保育園・幼稚園講師
NPOしずおか環境教育研究会会員
元幼稚園教諭・元子育て支援センター指導員
元絵本とおもちゃ専門店勤務(プレイルーム担当者+わらべ唄と遊びの会担当者)
2児の母(中3娘、中1息子)
園田
最近はどのような活動をされていますか。
中田
現在、年間15クラスある基本コースに加えて、スポット的なものや親の会など、フォローアップも含めた講座も行っています。だいたい月に150組くらいの親子とお会いしています。
わらべ唄は、人を育てる知恵の唄。
園田
中田さんが「ここあのいえ」で伝えていらっしゃるわらべ唄というのは、どのようなものでしょうか。
中田
私がお伝えしているわらべ唄というのは、何百年も前から伝わってきた子育て、人を育てる方法です。昨今、テレビや雑誌などで「さあ、親子でみんな楽しく遊びましょう!」というものとは少し違います。以前は、親子が集って遊んで楽しめる場所を作りたいな、とおもっていたのですが、この方法を知ってからは、「もっと深い親子の会をしたい」と考えるようになりました。「わらべ」と聞くと「“童”=子ども」のことと思われることが多いのですが、遠野のわらべ唄や「ここあのいえ」での「わらべ」とは、一般庶民のことを指します。
園田
わらべは、一般庶民のことだったのですか。
中田
そうです。元々わらべ唄は大陸から日本に入り、都に伝わりました。その良さを日本中に伝え回った人たちがいて、そのうちの何十人かが岩手の遠野に住み着いたといわれています。それが阿部さんの代にもつながってきたのです。わらべ唄の内容や遊びの時期(伝えるのに適した年齢、月齢)、遊び方、遊びの目的、遊びの意味などが変わらずにずっと大事に残されてきました。阿部ヤヱさんの本(※2)にもあるのですが、一度幼少時のヤヱさんが、長老の源コ爺(げんこじい)さんの前でわらべ唄の歌詞を少し変えて唄ったのだそうです。そうしたら「こういう昔の唄っこは、わらす(子ども)のあそび唄ではねぇんだ!こういうものはな、ずっとずっと昔から伝えられている唄なんだ!」と怒り出したそうです。替え歌にしたことに特に悪気はなかったので、ヤヱさんが「なして?」と聞き返したら、「天皇は○○天皇と、天皇の名で何代も続いてそれが歴史として残されている。侍は、鎌倉時代から江戸時代へと、それぞれの時代の歴史の中で自分たちのことを伝えている。でも、百姓である自分たちには、何の形も残っていない。その代わり、百姓は生き方で自分たちを伝えている。昔話やわらべ唄を通して生き方を伝えている。それを間違って伝えてしまったら、間違った生き方を伝えることになる」と言ったそうです。「オラたちは読み書きを知らないから、オラたちがこう生きてきたというものをしっかり残してもらいたい」とも。ですから、わらべ唄は、単なる手遊びの唄ではなく、そこには人を育てるための知恵、親(大人)自身も育つ方法、人間としての生き方が込められているのです。
ハウツーではなく本質を伝えたい。
園田
そうお聞きすると、わらべ唄というのは、北極しろくま堂の扱っている商品と共通する部分があるような気がします。私たちはbabywearing(子どもをまとうこと)や、だっこする素晴らしさをお伝えしたいとおもっていますが、商品としては単なるモノです。私たちの売っている商品が「だっこひも」「おんぶひも」と言われることがあるのと同じで、世間からは「わらべ唄のハウツー」を求められる風潮はありませんか。
中田
そうですね。書籍には、特に意味も添えられていない「すぐに唄えるわらべ唄」や「手遊びのやり方、唄い方」のようなものが見受けられますし、「わらべ唄CD」等も売られています。昔の人が大事にしてきた部分というのは、そういう末端の行為だけではなくて、もっと深い意味があります。まずは、赤ちゃんに正面から向き合って、親の顔を見せて、声を伝えるということからきちんとしていきたいのです。
園田
それは、私どもが日頃から発信している「babywearing(子どもをまとうこと)の重要性」や「人間を人間らしく育てるために私たちは何をすればよいのか」と共通していますね。
中田
そう思います。現代の子育てで流行していることは、「赤ちゃんと楽しく過ごす」ということに重きが置かれているようで心配です。物を使って赤ちゃんの気を引いたり、刺激の多い場所に行ってみたり、大型イベントに参加することによって、親子で楽しむことを満たしているような気がします。そうではなくて、わらべ唄を通して、まずは親が知恵を持ち、それを子どもに伝えてゆく、子どもと同時に親も育ってゆく。我が子が立派に成長するための「今」をしっかり考えてゆく大切さを伝えたいとおもっています。
目を合わせることから、すべてがはじまる。
園田
なるほど。北極しろくま堂が伝えたいコンセプトと、「ここあのいえ」が伝えたいことは、やはり地続きにあるとおもいます。隣の木というような感じがしています。
中田
私もそう思います。赤ちゃんと目を合わせて、心を合わせ、唄い(声)かけること、それが「心をかける」ということにつながります。スリングなどの商品を利用しているときも、そのようなことを自然と行っていますよね。そして、スリングやだっこひもから赤ちゃんをおろした後も、わらべ唄で声かけは続けられます。
園田
先ほど、わらべ唄はいろいろな意味を持っているとおっしゃいましたが、具体的にはどのような唄がありますか?
中田
例えば、赤ちゃんの遊びで…。遊びというか、おむつ替えの時にお尻を拭くでしょう。その後、「ここは早く隠すものだよ、恥ずかしいよ」って伝えたい時に「ちょつ ちょつ ちょつ」って唄いかけるんです。
園田
それは誰に対してですか?
中田
赤ちゃんに対してです。「ちょつ」というのは遠野の言葉で「恥ずかしい」という意味があります。笑いを止めるという「笑(ショ)止(ス)」から来たそうで、それが訛って「ちょつ」になったそうです。「ちょつ ちょつ ちょつ」「恥ずかし 恥ずかしー」というふうに赤ちゃんに言葉をかけるのです。そうすると次第に赤ちゃんもわかってくるんですよ。日本には「恥の文化」がありますよね。これもまさにそれだとおもいます。子どもが幼稚園に入るぐらいかな、おもしろがってお風呂上がりに裸で居間を走り回ることがありますね。そういう時も「ちょつ ちょつ ちょつ」って声をかけます。「そういうことは、とても恥ずかしいことなんだよ」ということをはやしながら教えてゆくのです。
園田
なんとなくイメージが湧きますね。
中田
一方で、はやすばかりだけでなく「絶対にやってはいけないこと」はストレートですよ。例えば赤ちゃんが、ご飯を食べるテーブルに乗ろうとするでしょ。そういう時は「あぷっ!」。標準語だと「ダメっ!」という意味かな。恐い顔付きですよ(笑い)。1〜2歳の間に良いも悪いもたくさん教えていくんですよ。
園田
あーわかったー。だからうちの子たちは「あぷっ!」ってやるんですねー。「ここあのいえ」に通ったから。
中田
(笑い)どういう時に?
園田
最近、犬を飼い始めたんですが、その犬に向かって「あぷっ!」って。
中田
(笑い)
園田
『あぷっ!って何だろう?』ってずーっと、おもってました。(笑い)

※1
阿部 ヤヱさんプロフィール(「わらべうたで子育て」福音館書店より)
1934年岩手県遠野市で生まれる。祖母や隣のおじいさん、おばあさんから「わらべうた」や昔話、伝承遊びを教えられて育つ。現在も遠野で暮らし、人間としての生き方、知恵が生きている「わらべうた」を次代に伝えたいと、伝承に努めている。また、昔話の語りべでもある。
※2
「わらべうた」で子育て—入門編— 阿部 ヤヱ著
<中田さんからのお願い>
この対談の文章を読んで、すぐに叱ったり、いきなりはやすことをしないでくださいね。段階を踏んでいくことが大事です。信頼関係がしっかりできていないと逆効果になってしまいます。