【第一部より続く】
園田
大葉さんのお嬢さんのように、学生時代に自身の兄弟姉妹の誕生に立ち会えるといった環境がある一方で、わたしはいま日本の女性たちに、お産に関する本来知られるべき情報がちゃんと行きわたっていないと感じます。
96年にWHOが世界的規模で調査を行い発表した報告書(*1)が日本でも翻訳出版されていて、それには正常で健康なお産をとりまく現場のあるべき姿が書かれています。内容を読むと、日本で当たり前だと思われているお産のスタイルが必ずしも妊婦さんを中心に考えられているものではないといったことに気づきます。こうした情報はもっと広く知られても良いのではないでしょうか。
お産の情報
大葉
一般的にお産のスタンダードは「マタニティ雑誌に掲載されていること」だと考えられがちです。つまり、企業側が発信したい商業情報や病理情報はどんどん浸透してゆきます。
本来知られるべき情報が伝わってゆかない原因の一つに、助産師や産科医が不足している現状が考えられます。日本全国で看護師は570万人いる一方で助産師はたった2万6千人しかいませんが、各種メディアで見聞きする「助産院不足」、「産院不足」といったキーワードからその名称は認知され、助産師という職業があることを知っている人は非常に増えたと思います。しかし、彼女達が正常分娩のプロであるということはおろか、何をもって正常分娩と呼ぶのか、どうしたら正常分娩が出来るのかといったことはちゃんと知られていません。
一つの出産施設で大勢の様々な状態の妊婦さんがお産をすると、施設側はどうしても難産傾向のある方のフォローに力を入れてしまいます。そのため、ある程度定期的に妊婦検診にきていて、お産に対してさほど恐怖心を感じていらっしゃらない様子の妊婦さんへのケアは軽視されてしまうのかもしれません。新しい命が誕生する現場では、施設側も妊婦さんも大切な情報をちゃんと共有しあえるOne to Oneのケアが理想的だと思います。助産師や産科医が不足していると、これが難しくなります。
園田
ここでお話を少し戻しますが、バースコーディネーターとして学ぶことの一つに「お産の振り返り」というものがありました。このことを、お産ファシリテーターの熊手麻紀子さん(*2)たちも提唱しています。お産を振り返るということは大切なのでしょうか?
大葉
そう思います。わたしは、本当はこうしたかった、まわりにこうして欲しかった、あの時あの人にこう言いたかった、などということを思い出して考えてみます。わたしが出会ったある方はこうおっしゃっていました。“わたしがお産をしたときは、みんな忙しいって言って誰も耳を傾けてもらえず一人で不安でした。しかもわたしはお産が下手みたいで微弱陣痛だったんです。”
不安や孤独、脅威を感じると、お母さんは誰でも必ず微弱陣痛になるのです。本来なら自分の力で開花させられる陣痛のプロセスがあるのに、お産の現場で専門家から言われた言葉によって自信を失い、機能させられない方がいます。こうした方々に事実をちゃんと知っていただき、次回への希望を持って欲しいのです。
また、お産の振り返りをするときには、誰が悪かったのかなどといった犯人探しをするのではなく、この次はどうしたら良いのかということを考えます。「陣痛中も分娩中も上半身をおこした姿勢でいたい」といったバースプランを書く事だけでも、今度は違った結果を生むことが出来るかもしれません。自主的に自分の希望を言って良い場面がいつなのかを知るのです。いざお産が始まろうとしているときに、“いやです! 寝ていたくありません”と言って、足のせ台があるような分娩台でも体をくるりと回して膝立ちの前傾姿勢をとってつかまった方もいらっしゃいます。わたしたちのお産を振り返るクラスでは、事例を沢山お話しながら「わたしはお産が下手」という結論を出してしまったお母さんたちに、次回への夢を持っていただけるよう促します。
園田
お母さんたちに「また産みたい」という気持ちを持ってもらうのもバースコーディネーターの仕事ですね。
大葉
はい、情報の選択肢を伝え、不満や不安を自分で解消するチャンスを支えることもわたしたちの仕事です。次世代の出産イメージを「出してもらう」ではなく「自分で産む」に改善したい。そのためにも将来子ども達がお母さんの出産体験談を聞くときに、“あなたを産んだ体験は本当にすばらしかったよ”といえる女性を増やしたいと考えています。
抱っこの本質
園田
大葉さんも「スリング」を使って子育てをされていました。そのお話を是非聞かせてください。
大葉
わたしが29歳のときだったとおもいますが、ハワイで開催された「Midwifery Today」(*3)というお産、助産の国際会議に参加し、そのときにはじめてスリングを知りました。
スリングを使いだしてからは、ストレスがかなり減りました。例えば4番目が新生児だったときの食事の準備シーン。上の子3人はもう本当に「お腹すいた! 待ったナシ!」の状態で、ご飯時となるとまさに“ひな”達が“ぴーちくぱーちく”言って止まりません。スリングがきてからは、おっぱいをのみおわった4番目の子がぐずっていても、スリングで抱いてあやしながら上の子3人の食卓を準備することができました。それから、スリングは使い方がシンプルなので、上の子たちが産まれてきた赤ちゃんを抱っこできたという点でもすごく役立ちました。
その一方で、当時はスリングで抱っこして街を歩いていると、“こんなもので抱いて危なくないの?” とよく聞かれました。一枚の布で抱っこをするといった前例がなかったので、みんなに驚かれましたね。
園田
日本人は元来背中に赤ちゃんを「おんぶ」する民族だったので余計そう感じたのでしょう。
わたしは子どもが3人いますが、スリングを使い始めたのは2人目からでした。1人目のときは、抱き癖をつけるとあとが大変だという通説を気にしていて、わたしは泣いている赤ちゃんを目の前に途方にくれていました。
いまこうして「Babywearing」に取り組んでいると、これまでメーカーが作ってきた育児用品は、どうしたら赤ちゃんを抱っこしなくてすむのか、どんな工夫をしたら赤ちゃんが一人で寝てくれるのかといったことに重点がおかれていたように感じます。
大葉
赤ちゃんをお母さんの体から放すことが商品企画の主体におかれているものが多かったですね。
園田
スリングは親子の関係を修復できる「心の綱」のようなものだと思います。
まわりの人がもっているからとか、この色がきれいだからといった理由で手にしてもらってももちろん構いません。そういった場合でも、スリングを使っている間に赤ちゃんとの心身の近さを感じてくれたら嬉しいです。
わたしは「抱っこの本質」があると考えています。抱っこは赤ちゃんのためだけではなく、お母さんのためでもあり、家族のためでもあるのです。
大葉
わたしたちは、便利さを手に入れるとか楽をするためだけに赤ちゃんを抱くのではありませんものね。また、大人だからといって一方的に「抱っこをしてあげる」わけでもないです。赤ちゃんを無条件に抱くことで自分の中にも育つものがあります。
園田
その通りです。一緒に育って行く感じがします。
大葉
赤ちゃんは放っておいたら絶対に死んでしまいます。しっかりと抱いて守る中で、一つの命を守る大人としてのゆるぎない生命力の芽が出るのです。抱いている時間が長ければ長いほど、その芽は大きく出ると思います。
我が家には「つがつくまでひざの上モットー」があります。年齢を七つ、八つ、九つ…と“つ”をつけて言えるまでは親の膝の上に沢山のせて子育てをするのです。いかに肌と肌がふれる暮らしをするかをとても大切に考えています。ベビーマッサージを4番目の子からはじめました。彼女をマッサージしていると、“マッサージタイムだー!” と言って、上の子たちがずらりと並ぶのです(笑)。いっぱいふれあってこそ親子。肌と肌がくっついている時間のぶん、自分が命を育んだっていう歴史や母親としての自覚が深まると感じます。
園田
大葉さんは5人もお子さんがいらっしゃるのに、仕事も育児もちゃんとこなされていて、お母さんのかがみです。
大葉
わたしは子どもの数が多いだけで(笑)、ベテランお母さんにはなれません。子どもはみんな個性があって考え方もそれぞれ違いますから、いつも想定外の事が起こり、決まりきった対応で済むことが一つもないのです。4人目の3女、5人目の次男が生まれたときも、“わたしは新米5児の母なんだ!”と改めて育児を考えさせられました。
ただし、一人20年間の子ども時代を5人分与えられているので、合計100年分の育児があります。その過程でわたしが学ばせてもらうことは計り知れませんし、子ども達も一緒に学ぶことになりますね。
質の高いお産を
園田
最後に読者の方々にメッセージをいただけますか。
大葉
出産という出来事を本当に質の高いものにしてほしいです。
園田
専門家に言われた言葉によって「自分はお産が下手」と思いこみ、お産はむやみに大変なことと結論づけてしまう方がいらっしゃる。
大葉
お産は大変だとか辛いといったネガティブな話を聞いた次世代たちは、悲しくも“命を産むって嫌なことなんだな” “たいしたことではないんだな”と感じ、ついには命を軽んじるような言動をおこしかねません。
園田
お母さんが最善だったと思えるお産が理想的ですね。
大葉
人生の企画書を書いたところでその通りにはならないように、バースプラン(お産の企画書)を書いてもその通りになるとは限りません。
“最後は帝王切開だったけれどもわたしはやるだけやった。わたしはバースプランを書くためにお産のことを沢山調べたし、どなたが助産師さんかもちゃんと聞いて、分娩室も見学させてもらって心の準備をした。自然分娩を目指して毎日ウォーキングもして、ご飯も気をつけた。最終的にこの子はへその緒が短めだったから帝王切開になってしまったけれども、ちゃんと元気に出してもらって本当によかった。あなたを産んで本当によかった!”お母さんたちにはそんなふうに感じていただけたらと思います。
お産は長旅です。“正常分娩1個くださーい”ではダメ(笑)。生活リズムがめちゃくちゃなお母さんには“真夜中におきてコンビニのおにぎりを食べているような方は、正常分娩なんかできませんよ”なんてアドバイスも含め、命を産み育ててゆくうえで大切なことをいくつも、そして何度も再確認します。わたしたちバースコーディネーターは、三砂先生(*4)が言うところの良い意味で「おせっかいおばさん」。語り口が大事だと思っています。
*1 「WHO59か条正常産の実践ガイド」戸田律子訳(農文協)/Care in Normal Birth: a practical guide
*2 となりのミドワイフ(さいろ社)著者、お産関係のファシリテーター
*3 http://www.midwiferytoday.com/
*4 三砂ちづる先生 津田塾大学教授「オニババ化する女たち」(光文社)など著書多数。女性の保健に関する疫学者