「抱く」ということは驚異的で神秘的な力をもっている
園田
先生の肩書きを拝見しますと「整形外科医」となっているのですが、整形外科の先生が、「育児」のこと、「心理」のことをお考えになるきっかけはどういったことだったのでしょうか。
石田
整形外科を訪問される方の中には、時として自殺未遂の方がいらっしゃいます。手首を切ったとか、飛び降りて脊髄を損傷し手足が麻痺したといったケースなどです。命が助かっても、多くの場合精神的な病を抱えて生きていかねばなりません。病気やけがの原因は単純ではなく、心とからだの複合的な原因で起こる場合が多いのです。そもそも医者というのは「何科の医者」なんてありません。医師の免許を取得したら精神科の医者でもあるのです。私は、自分でも患者さんの心も診よう、否、診なくてはならないと思いました。精神を病んでいる患者さんを薬漬けにして、それで治ればよいですが、どうでしょうか。もっと心の癒しを根本的に考え直す必要があると考えています。
それが例えば「抱きしめてあげる」といった行為なのです。
園田
「抱きしめること」に効果があると気付かれたきっかけを教えてください。
石田
ある大学病院にいたときに自殺未遂の方を診ました。命はとりとめたものの、ヒステリー発作をおこすのです。赤ちゃんのようにあらん限りの大声で泣きわめきます。精神科の医者にもどうにもなりません。
そこで女性看護師と一緒に病室へ行き、その人を私がぐっと抱きしめたのです。そうしたらなんと、ぴたっと泣き叫びが止んだのです。ええっと思って。私は驚きました。当然看護師も驚いたようです。
その患者さんはその後だんだん治ってゆきました。恋愛もして、結婚して、子どもをつくって、そのお子さんも立派に育ちました。「抱く」というきっかけが、次の生命までも与えたのです。
その当時はそんなものかと思っていました。でもよく考えて、また自分も経験をつむほど、「抱く」ということは驚異的で神秘的な力をもっていると知るようになりました。
例えば子どもが「痛い、痛い」といって泣く病気がありますね。子どもの心身症で、「成長痛」と言いますが、これは「心身症」による痛みです。子どもは神経質だから心身症になりやすいのです。お母さんが抱きしめることによってその日から治ります。
園田
小学生や中学生、成長した大人を「抱く」というのは誰でもよいのでしょうか。
石田
それは難しい問題ですね。常にお母さんが良いのかというと、そうでもありません。大きくなって既にお母さんのことを嫌ってしまっている場合がありますから。お母さんに抱かれるとぜんそくをおこしたり、痛みが強くなるということが結構あるのです。誰でも良いわけではありません。その場合場合で、誰が抱いたら良いのか、考えなければなりません。
園田
お母さんに抱かれると調子が悪くなるという事があるのですね。その場合は、お母さんがその子を赤ちゃんの頃からちゃんと抱いてこなかったせいなのでしょうか?
石田
そうですが、お母さんのせいだけではありません。お母さんが抱きたくても、世間で「抱きぐせをつけるな」などという言葉がはやりましたから「抱く」ということが罪悪のように思われていたのです。それでちょっと抱くとすぐに降ろしてしまう。そうやって育てられた赤ちゃんはお母さんに馴染む暇も無く、愛情も覚えず、自我も発達しないまま大人になってしまいます。
園田
抱くときもある程度の時間をかけて、ということですね。
また、「心をこめる」ことも大切でしょうか。自分の子どもが泣いてどうしようもないときがあります。他のことをしながら抱っこをしていると絶対に泣き止みません。
石田
それは赤ちゃんがお母さんの心を“読んでいる”のです。赤ちゃんのほうが大人より敏感で賢いんですよ。
私がよく存じ上げている方ですが、上の子が1歳10か月ごろに次の子ができました。上の子がかわいそうだからと、上の子と一生懸命あそびながら母乳をあげていました。そうしたら、たった1か月の赤ちゃんがすねてしまいました。「私の方に心を向けてくれないお母さんなんかしらない」というような感じで、天井の蛍光灯とだけコミュニケーションするようになったのです。
3日ほど観察してからお母さんに忠告しました。赤ちゃんに気持ちを集中してあげながら、よく抱っこしてあげて、と。お母さんがよくわかってくださったので1、2か月で治りました。すごい回復力です。でもそのすねやすい性格は2歳くらいまで続きました。いまはその性格もなくなって、とても明るい子に育ちましたけれども。
【自我とは。「抱かれる子どもはよい子に育つ」p56より】

…へその緒を切られた赤ちゃんは、そのあと独立した一人の人間として、自分の存在に自信を持って生きていかねばなりません。そのために一番大切なことは、「自分が自分である」という感覚をはっきりとつかんでいることです。そのような感覚をつかんでいる自分であってこそはじめて、現実感を持って、そして、主体性を持って、周囲の人々と生き生きと楽しく自分がかかわり合い、そして、自分の命を守って生きていけるのです。
赤ちゃんは「母親に抱かれている自分」「母乳を吸って母親と深くかかわり合っている自分」として、自分の存在に対する自信を持ちはじめなくては、そのあとの自分の独立した生命をまっとうしにくくなります。赤ちゃんをきちんと抱いてあげないと、どうしても自分の存在に対する自信の少ないこころに育ってしまいます。このような自分の存在に対する自信のことは、「存在感」と言えばわかっていただけると思うのですが、心理学ではこれを、「自我」とか、「自己同一性」とか、「アイデンティティ」などと言っています。
「安心で快い子宮」をつくるスリング
園田
先生とお話すると自分の子育てを反省するばかりです。
ところで、さきほど先生は「抱きぐせ」のことをおっしゃっていました。先日わたしが読んだ本では「(甘やかさず)自立心をうながそう」といった主張をしていました。でも、わたしはそれに対して強い違和感をもちました。自分自身は子どもとの間に「人としてのつながり」を持ちたいと思うのです。
石田
生まれてからの月齢によって考え方を変えなくてはなりません。0か月の赤ちゃんはあまりにも無力です。そんなときには保護するしかやりようがありません。その時と、1歳くらいになって、ある程度自我の発達がはじまってからの接し方とが同じであるはずがありません。まず保護して、抱いて、徹底的に甘やかして、そうしてはじめて自我が育ち愛情も覚える。それから自立して行くのです。自立を急がないこと。急ぐとかえって自立しそびれます。
最初は、人は誰もが猿に近いのです。猿は抱くということを自然にします。人間も初期にはしっかり抱いてあげることが大事です。力のない無力なものは保護してあげる。赤ちゃんは、まずはお母さんに抱かれるため、それだけのために生まれてくるのです。
園田
人間の赤ちゃんをみていると、原始時代から人間は抱かれてきたのではないかと想像できます。
石田
そうです。それでこうやって人類が生きてこれました。原始時代に「抱きぐせをつけるな」などともしも言われていたら、人類は滅びていましたよね(笑)。生きるために必要なのです。赤ちゃんを抱くことは。抱くということは自然な行為なのです。
「人間は一年早産だ」という話を聞いたことがあります。人類学者、動物学者はみんなそう言います。実際そうです。生まれてすぐ歩かないのは人間だけです。早産だから、よけい初期には過保護にするべきなのです。子宮の中とおなじような状況を3か月や半年は徹底的に与えないといけません。そうしないと、幼弱すぎて、自信もなくて、過剰なストレスや外からの圧力に赤ちゃんは耐えられないのです。
そういう意味でスリングは良いのでしょう。「子宮」をつくるようなものです。圧力もあるし、動くと揺れますし。子宮の中と似ています。スリングの中で赤ちゃんは「ああ、これだこれだ!」と、子宮の中で体験した「安心で快い感覚」を思い出します。そして、それが赤ちゃんには愛情だと感じるのです。それと同時に、お母さんとのコミュニケーションが「安心で快い感覚」になるのです。他の抱っこ道具でもそのようにすることは可能ですが、スリングがより子宮に似ているということでしょうね。
※図1 石田先生著書「生きる原点」(ネオ書房
・愛光出版)より
園田
乳児のころのキーワードは「安心で快い感覚」なのですね。(図1)
石田
私はそう思います。遺伝子が「子宮の中は安心で快いよ」と教えてくれたことが、生まれてからまた役にたちます。お母さんと赤ちゃんが密着することで、お互いに遺伝子情報としての愛情本能が刺激され、そこからより強い愛が母にも赤ちゃんにも生まれるのです。
ここは私の論理の独特なところです。愛情を少し感ずると、その体験が自分の愛情遺伝子情報を刺激して愛情を「ひっぱりだす」。ここを聞くと皆さんわからないと言います。愛情が本能なら(何もしなくても)出てきて良いだろうと言われます。それは違うのです。本能は刺激しないと出てきません。「いま必要な情報だけ出てこい」という仕組みになっています。一度に沢山の本能が出てきては困るからです。赤ちゃんが生まれてすぐに愛情を引き出すことが大事だから、しっかり抱いてやることで愛情遺伝子を刺激しなさい、と私は言っているのです。
園田
1934年(昭和9年)に発行された女性向け雑誌の付録が手元にあります。そこには、赤ちゃんは「初めから抱きかかえずに一人で寝ている癖をつけることが大切」といった記述がありました。これにも「抱きぐせをつけるな」という社会的な背景があると思います。日本人は昔から抱っこしておんぶして育てていましたが、それがいつしか変わりました。
石田
江戸時代、幕府の基本方針で「農民は生きぬよう死なぬよう」とされました。そういった中で農家では、お嫁さんは労働力でした。子育てにかまけていないで仕事をしなさい、とお姑さんにいわれました。子どもは抱かないでも自然に育つよと。しかし当のお母さんは赤ちゃんがかわいくて、泣いていると気になって、ちょっと抱いたりします。そうすると赤ちゃんはそのここちよさを覚えて、今度は抱いてあげないと泣くようになった。それを「抱きぐせ」と間違えたのではないかと思います。
これは抱き「癖」ではなく、本来の抱かれる子どもに戻っただけなのです。いままで足りていなかったものを取り戻すために泣いたのです。良い気持ちであることが持続的に必要な時期なのです。抱かれて自分に自信をつける時なのです。
ですから、最初からよく抱いてあげることが大事です。生まれたその日が一番大切です。新生児には「新生児鋭敏期」というものがあります。それは不安な気持ちでいっぱいだった後、敏感になっている状態です。子宮の中を通ってきたのですから、とにかくしんどかったのです。赤ちゃんはお母さんに助けてほしい。そういう時は充分抱くと良いのです。
最初からよく抱いてあげた赤ちゃんは「抱きぐせ」などということはありません。診察のベッドに1分か2分放っておいても泣きません。夜泣きもしません。また、そうしてあげた赤ちゃんは早く自立します。
ところで、「自立」はお母さんだけの責任ではありません。お父さんの怒鳴り声なども自立に悪い影響を与えるのです。
園田
赤ちゃんが言葉の意味を知ることはないですよね?
石田
怒鳴っている声は犬でも猫でも人でも同じようにわかります。家庭が不愉快な環境にあると、いくら赤ちゃんを抱いておっぱいをやっても自立が遅れます。
園田
お母さんと子どもの関係がよいだけではいけないのですね。子育ての環境すべてが赤ちゃんの成長に影響するということでしょうか。
石田
そうです。言葉でも気分的なものでも、どちらも赤ちゃんは読み取ります。それらが不快に感ずると自立が遅くなります。生後1年間は絶対に安らかな環境で育て、この世に生まれてきてよかったことを教えたいものです。